アウシュヴィッツ強制収容所は3つの収容所から成り立っていました。

一つが前回の記事で書いた第一収容所(基幹収容所)。
そして、これから向かう第二収容所ビルケナウ(絶滅収容所)。
それから第三収容所モノヴィッツ。こちらは今は残っていません。

第一収容所からビルケナウまでは、無料のシャトルバスが行き来しています。

死の門と言われる入口監視門
まっすぐ、死の門へ向かう線路の端には
花が手向けられています。
貨物列車に乗って人が送られてくる。
送られてくるというか…

クレマトリウム跡。
クレマトリウムとはガス室と焼却炉の複合施設です。
いつ崩れるかわかりませんが、死者の弔いの意味も込めてこのままにされているそう。


収容者が書いた絵。
学校に行く様子が書かれてる。
収容棟内部。
それぞれの段に、なけなしの藁を敷いて横たわっていた人々がいました。

修復が進められている収容棟も。

ファシズム犠牲者国際記念碑
各国語で書かれた碑文
中谷さんのガイドはおよそ3時間。
あっという間に過ぎていって、消化するには時間が足りなくて、
ビルケナウで解散した後もう一度一人で線路の端、記念碑まで歩きました。


この強制収容所が残されている意味。
歴史を学ぶ意味。
中谷さんが、最後にこんなことをおっしゃってました。
「今この時代に生きている人間として出来ることはなにかを考えること、そしてそれを行動に移すこと。どんな小さなことでも、それは間違った方向へ進む大きな流れを止めることはできなくても、遅くすることはできる。進行を遅らせる間に出来ることは増えます。大切なのは皆さんがここに来て悲しんだりすることよりも、それぞれの国に帰って、家に帰って、何をするかです。」


ただ悲しいと感じるだけ、
悲惨さに打ちのめされただけ、
そのために負の遺産が受け継がれているわけじゃない。
私もそのために来たわけではない。


歴史を学ぶ意味、
歴史を知ったところでどうしたらよいか分からなくて途方に暮れる気持ち、
自分の中の偏見や思い込みと
どう向き合えば良いか分からないままだった。
ここへ来て、中谷さんの話を聞いて、
少しだけ救われたような、
でも責任を感じて少し胸が詰まるような、
少しだけ自分の長年の悩みに光が当たったような。

「これで全て解決します」というような答えはなかった。
それがわかっただけでよかった。
私の見つけられない答えがあるはずだ、
それを見つけられない私がダメなんだ、
って思っていたけど
答えなんてそんなもん、
そもそもないことの方が多いじゃないの?
合ってるか合ってないか、をいっつも気にし過ぎなんじゃないの?
そんな2択しかないことばかりじゃないのに。


自分のことも他人のことも
自分の中で生まれるいろんな考えや思いも
誰かが持ってる考えや思いも
それはそれと受け止めて
その上で「私はこう思う」と言える人になりたい。

まずは自分自身の多様性を
マルバツつけずに受け止めることから。


小さい、小さすぎる…
でもここから始めないといつまで経ってもたどり着けない。

過去の私たちからのメッセージを伝えていけるように。