文科省「PTA会費に関する通知」を読む 考察篇 | まるおの雑記帳  - 加藤薫(日本語・日本文化論)のブログ -

文科省「PTA会費に関する通知」を読む 考察篇

本年5月9日に文科省より出された「学校関係団体が実施する事業に係る兼職兼業等の取扱い及び学校における会計処理の適正化についての留意事項について(通知)」について、思うところを述べてみたい。


1.評価できる部分と問題を感じる部分
(評価できる部分)

++(引用)++
2.学校における会計処理の適正化に係る留意事項
①学校の管理運営に係る経費については、当該学校の設置者である地方公共団体が負担すべきものであり、地方財政法等の関係法令に則して会計処理の適正化を図ること。
 その際、同法第27条の3及び第27条の4は、学校の経費について住民に負担転嫁してはならない経費を規定しており、その趣旨の徹底を図るとともに、それらの経費以外のものについても、住民の税外負担の解消の観点から安易に保護者等に負担転嫁することは適当でないこと。
(太字化、引用者。以下、同じ)
+++++

「それらの経費以外のものについても、住民の税外負担の解消の観点から安易に保護者等に負担転嫁することは適当でないこと。」の部分に注目したい。

地方財政法27条の3及び第27条の4における規定の遵守の徹底を求めつつ、そこからさらに推し進めて、27条の3及び第27条の4において負担の転嫁が禁止されてはいない経費についても、「住民の税外負担解消の観点から安易な負担の転嫁は不適当である」と、文科省として明言している。
全国の公立学校に向けてこのような大きな方向付けを行った点は評価できる。


(問題を感じる部分)
以下は、先に引用した①に続く②の部分である。

++(引用)++
②学校関係団体から学校に対して行われる寄附について、地方公共団体が住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む。)を割り当てて強制的に徴収することは、地方財政法第4条の5の規定により禁止されていること。
 一方、学校関係団体から学校に対して自発的な寄附(金銭・物件)を行うことは禁止されておらず、この場合には、その受納に当たって、当該学校の設置者である地方公共団体が定める関係諸規程等に従い、会計処理上の適正な手続きを経ること。
+++++

前段で地方財政法第4条の5(割り当て的寄附の禁止)で禁止されている内容を確認し、後段で、「一方、学校関係団体から学校に対して自発的な寄附(金銭・物件)を行うことは禁止されていない」と述べられている。

以下、この部分の妥当性について検討していきたい。



2.「PTAからの寄附」は、「真に自発的な意思に基づく寄附」たりえるのか?

文科省の通知には、「学校関係団体から学校に対して自発的な寄附(金銭・物件)を行うことは禁止されていない」とあり、PTAから学校への寄附を容認している。
しかし、問題は、先に宮崎市教委の『学校納入金等取扱マニュアル』を検討するところでも言及したが、PTAからなされる寄附において、「寄附者の真に自発的な意思」が担保されるかである。

現状、多くの学校のPTAでは、入会の意思確認の行われない自動加入方式になっている。そうなると、PTA会費の一部が寄附金に回された場合、「寄附者の真に自発的な意思」が担保されるとは到底言えないだろう。

また、たとえ入会の意思確認をしているPTAがあったとしても、どのような費目につき、どの程度の金額を寄附するのかについては、一人ひとりの保護者によって考え方や経済的な余裕度はいろいろなので、やはり、会費の一部が一律的に寄附に回されるやり方は、これまた「住民の側からする真に自発的な意思に基づく寄附」とはなりえない。

このように考えてくるならば、“「学校関係団体からの自発的な寄附」は受けて構わない”とする文科省の指針には疑問を感じざるをえないのだ。


一方で、今から12年前に、文科省高等教育局から国立大学の附属学校に対して出された類似の通知においては、

「2-②寄附はあくまでも寄附者の自発的意志によるもので、寄附金額についても割当の方法によらない任意の額となっていること。」

と、「寄附者の自発的意思」がしっかりと考慮されたものになっているのだ。
すでに12年も前に担保されるべきとされた保護者個々人の自由意思が、なぜ今回新たに出された通知においてはないがしろにされてしまうのだろうか。
※(2012.8.23追記)附属学校への「通知」における「寄附者」が、「保護者個々人」を指すことは当該「通知」の全体を見れば明らかです。が、念のため、高等教育局に確認したところ、「その通り」とのことでした。


3.「寄附者の自発的意思」の有無をめぐる注目すべき見解の対立
実は、この「寄附者の真の自発的意思」が担保されるか否かの問題は、今年の3月にPTA会費の流用が和歌山で問題になった当初はクローズアップされていたのであった。

PTA会費の不適切使用が表面化したのは会計監査委員からの指摘が発端だったとされるが、会計監査委員と県教委との間には次のような非常に興味深い見解の対立があった。

楠本隆代表監査委員が、

「PTA会費は事実上、ほぼ強制的に徴収されている。県が支出すべき公費に使うことは、地方財政法にふれる可能性がある」

と、寄附の任意性が担保されていないことを問題にしたのに対して、県教委総務課は

「PTAへの加入は任意であり、会費の使い方は学校に一任されている」

と、任意性は担保されていると反論しているのだ。
(朝日新聞2012.3.22「PTA会費が賃金に 和歌山県監査委員が改善求める」)

つまり、ここでの争点は、「寄附者の自発的意思」が担保されているか否かにあったと言える。「寄附者の自発的意思」が担保されていないからPTAからの寄附は違法の疑いが濃いとする監査委員と、PTA加入の任意性は担保されている(つまりは「寄附者の自発的意思」が担保されている)から違法とは言えないとする教委。

この見解の対立、つまりは、個々人の任意性が担保されるのか否かをめぐる対立は、地方財政法上の重要な論点である。
しかし、この重要な論点は、その後の報道ではとりあげられることはなくなり、「こんなことにもPTA会費が使われている!」といった使途の側面がもっぱら大きくクローズアップされることとなった。


4.「PTAからの寄附」で「保護者の任意性」が担保されるのか文科省に聞いてみたい
その寄附金が何に使われるのかという「使途」も大切であるが、その「寄附」が自発的になされたものなのかという「任意性」の問題は、「使途」の問題に勝るとも劣らない重要なポイントのはずだ。

文科省初等中等教育局は、「学校関係団体からの自発的な寄附」によって「真に自発的な意思に基づく寄附」が成り立つと考えているのだろうか?
もしそう考えているとしたら、そのロジックは、宮崎市教委と同様の、“多数決で決まったことには従うべし”といった理屈なのだろうか。
(宮崎市教委の言い分は、<『学校納入金等取扱マニュアル』を読む(下) ― ないがしろにされる保護者一人ひとりの意思>の後半参照)

ちなみに、宮崎市教委による『学校納入金等取扱マニュアル』におけると同様の指針(PTAからの自発的な寄附なら受け取ってよい)は、他の教委のマニュアルにも認められる。

・岡山県教委『学校徴収金等取扱マニュアル』(平成16年5月)「第1編 PTA会計」

島根県教委『学 校 徴 収 金 等 取 扱 要 綱』(平成20年9月22日制定)「第2条(団体からの支援経費の取り扱い)」


これらのマニュアルでは、宮崎市教委のマニュアルと同様、「PTAの自発性」を担保するよう学校に対して注意を促してはいるものの、「保護者個々人の自発性」には思慮が及んでいない。

今回の文科省からの通知は、それらの教委マニュアルで示されている指針と軌を一にしている。


税金が多数決により正当化されることはあっても、寄附が多数決により正当化されることはあり得ないと考える。
いったいどのようなロジックにより、文科省は「PTAからの自発的な寄附なら受け取ってよい」としているのだろうか?
ぜひ聞いてみたいと思う。