カウチサーフィン体験記 その2 バリ島 | 0円で世界一周日記

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今回のカウチサーフィンはバリ島で。


今回のホストは24歳で建築の仕事をしているセパさん。
彼の家に2日間ステイした。



~初日~
パースから飛行機で5時間かけ、夜10:30にデンパサール国際空港についた。

空港に意気揚々と空港に躍り出た瞬間、東南アジア特有のむっとした空気が体を包む。
また、東南アジアの国に来たんだと文字通り肌で実感する。



セパさんは空港までバイクでピックアップしにきてくれた。薄汚れたタンクトップに短パン姿で現れた彼は、ぼくのインドネシア人のイメージそのものだった。



二人乗りで夜のインドネシアをバイクで走る。バイクに乗ったのも、二人乗りしたのも始めてだったぼくは、バイクの予想外のスピードに驚きながら、彼の肩にしっかりとしがみついていた。



彼の家につく。
キッチン、シャワー、一人部屋の非常に簡素なアパート。
四畳半より小さい。
この部屋に男二人で泊まるのかと、ついつい汗臭い未来を思い浮かべてしまった。



荷物を床に置き、窓の閉められた蒸し暑い空気の部屋で、彼と自己紹介を交わす。

セパさんは非常に寒がりで、寝る時にクーラーをつけたり窓を開けたりすると体調を崩してしまうらしい。
だから基本的に部屋の窓を閉めっぱなしにしているらしい。

部屋の隅に丁寧に積み上げられた小さなボトルが、何のために積んであるのかと考えながら、しばらくその小さな部屋の中で会話をしていると、衝撃のカミングアウトが待っていた。



セパさんはホモセクシャルだそうだ。




噂には聞いていた。
カウチサーフィンでゲイやホモの家に泊まる危険性があると。
これかぁと思ってしまった。


しかし、セパさんは全然おネェなわけではない。至って普通のお兄ちゃん。

外見や話し方からは全然想像がつかない。

だからぼくは、ホモセクシャルであることは気にせずに、内心驚きながらも落ち着いた"ふりをして"、彼と普通に話しを続けた。

そしてその後、汗臭い部屋の中、なかなか眠れない夜を過ごした。




~次の日~
彼は日中は仕事なので、ぼくと行動をともにすることはできないが、朝の出勤とともにぼくを町までバイクで乗せてってくれた。

ぼくはビーチでサーフィンを初めてした。サーフィンのインストラクターの人と初々しい値段交渉をしながら行ったサーフィンは新鮮な経験だった。


その後はクタの町を観光。
この町は完全に旅行者のためにデザインされた町でいけすかなかった。

大学入学したてのサークル勧誘をはるかに上回る大量の勧誘をくぐらなければならず、精神的に疲れた。
結局、デパートで時間を潰しながら、セパさんが迎えに来てくれるのを待つことにした。


セパさんが迎えに来てくれて家に到着した。
その夜、ぼくはたくさんのバイクがぶんぶん行き交う道路をくぐり、ローカルの食堂に連れてってもらった。

これで二人乗りをするのは三回目になるが、もうバイクのスピードに慣れて、肩にしがみつくことはもうなくなった。




こじんまりとした緑色の屋根の食堂につく。ショーケースに配置された食べ物の中から好きな食べ物を選んで、お皿に持っていくビュッフェ形式がインドネシアの食堂の主流らしい。


店につくと、外国人が珍しいのか、店員さんがとてもにこにこしてぼくのことを見ている。観光客慣れしたクタの店員とは違う、嫌味のない笑みで。


ぼくはセパさんに勧められた食べ物を食べた。正直、何も知らないまま食べたので、それが何であったのかよく覚えていない。


けど、うまい。

そして安い。


200円もしなかった。
そのことは覚えている。
お昼にいったレストランはたいして美味しくもないのに500円した。
やはり、食べ物に関しては現地の人に頼るのが最も賢い手段だと再認識した。


その食堂のあと、彼はぼくをローカルのデザート屋さんに連れてってくれた。

インドネシアの伝統的なお菓子を現代風にアレンジしたものがそこでは売られている。
パンケーキのようなお菓子に、バニラ、チーズ、チョコなどの様々なクリームをトッピングして食べる。

ぼくは、バニラとチーズをトッピングした。


これもうまい。

お米のようなモチモチした食感のほんのり甘い生地に、とろとろしたクリームが心地よく舌の上で絡む。

もし、このクリームがさらさらだったなら、こうまで美味しくはならなかっただろう。
このお菓子は日本でも絶対ヒットするだろうなとビジネスアイデアが閃いた。


そのことをセパさんに伝えると、日本で販売したくなったら俺に電話しろと言った。




実はセパさんは以前、自分でカフェを開いていたそうだ。
だからお菓子には詳しい。

そのカフェは友達と一緒に資金を集めて店を開いたらしい。

いやはやすごい話だ。



そこから彼の過去について色々と話を伺う。
彼はぼくと会話している時、よくぼくのことをBoyと言って笑う。

ぼくは変なことを言っているつもりはないのだが、彼からするとぼくの受け答えが面白いらしい。


そういえば、フィリピンでもBoyと言われたとこの時思い出した。

なんて、昔のことを思い出しながら互いに訛りのある拙い英語で会話していると、色々なことが分かった。


彼は現在、デンマーク人の彼氏がいること。

職場を転々としていて、デザインの仕事、カフェなど、アーティスティックな経歴を持つこと。

アメリカ国籍を取得しようとしていることなど、たくさんのことが分かった。



そんな風にたくさんの経験をしていて羨ましいなと思った。
日本では、一度就職したら簡単には転職ができない。

フィリピンにいった時もそうだったが、海外では転職が容易な国がある。


もし、他の会社が、今の会社よりいい給料を提示したら、そこに転職するのが当たり前だそうだ。


しかし、自由に生きているように見える彼も、実は複雑な悩みを抱えていた。


インドネシアではイスラム教が盛んだが、そこでは同性愛は認められていない。
だから、セパさんは親と喧嘩をしていて、今はバリ島に避難しているそうだ。

彼の国では彼のような人間は受け入れられていないのだ。







選んだレールの上にしかないもの、それこそが自由。

これはあるロック歌手が歌った言葉。




ぼくは休学して世界一周しながらビジネスをするという道を、セパさんはホモセクシャルとして生きるという道を選んだ。


それは互いに決して簡単なことじゃない。
一般的な流れに逆らう行為である。


けれど、自分の理想を叶えるために流れに逆らっている。


全てが自由なんかじゃない自分で選んだこの道を、精一杯の自由を謳歌して歩いていくのが人生だろう。


カウチサーフィン体験記その2

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