スウォッチは時計メーカーではない。


いやいや。時計作ってますよパー


では、どういうことか?


先日の記事でも紹介したエモーショナル・デザインという本の中で次のように語られている。

スウォッチの人々から「スウォッチは時計メーカーではありません、情動の会社なのです」と、誇らしげに聞かされたのだった。
スウォッチは、時計をファッション哲学に転換したことで有名で、ネクタイや靴やシャツのように、多くの時計を持つべきだと主張した。



確かに街で見かけるスウォッチはカラフルでファッショナブルな印象がある。精巧に見える銀色の時計と比べると時計らしくない。個性的である。



先日の記事でも「内省レベル」というデザイン上の側面に触れた。ぱっと見や、使い勝手に魅かれるのではなく、使い続けたものへの愛着や、作り手の思想への共感のように、じわじわ効いてくるものだ。


「内省」というと「考えること」だ。自分について考える。自分はどんな人間か。他の人にどう見られているか。個性的か。世界に置ける自分の位置。自己イメージ。



「自分に合うスウォッチはどれだろう?」

「今日の気分に合うスウォッチはどれだろう?」

「あの場所に合うスウォッチはどれだろう?」



スウォッチは自己イメージを引き出してくれる。「内省的」要素を持ったデザインだ。

スウォッチのように、自己イメージを引き出してくれるデザインにもっと出会いたい。なんなら自分でデザインしたいひらめき電球



そんな僕は、スウォッチをひとつも持っていない(ごめんなさい)土下座
僕の自己はどこに、、、


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