
水色革命大阪公演
【フィリピン人の父に投げっぱなしジャーマン】終わりましたぁー
沢山の感謝


めちゃくちゃ大変でしたが、
やってよかったです。
得たものがたくさん
かけがえのない時間をいただけたことに
感謝です。
え…っと、
たくさん書きたいことありますが、
まだ、ふりかえられず…(笑)⬅なんか憔悴しきってて
とりあえずわたしがなぜ
カーテンコールでないてしまったのか。
千秋楽のカーテンコールで
舞台上に呼ばれてしまい
ご挨拶したときに、泣いてしまったのです。
カーテンコールでは、絶対泣かないと決めていたし、泣いたことがなかったので、
「しまった…」と言う感情でしたね(笑)
これは、全部乱丸さんのせいです
www
まず開演前に最後のエンジンの掛け声を乱丸さんにしました。
「いくぞー」
「おー」
⬆いくぞーって言う人です。
この企画は乱丸さんとわたしが発進で
乱丸さんはこの1年ずっと、営業を頑張ってきてて乱丸さんが居なきゃ成功はまず無理でした。
苦労していたのも知ってました。
そんな乱丸さんがエンジンで泣いてしまったのです。ぐわっときました。
そして、おお楽。
満員
私は、お客様誘導してプロジェクターから映像出しながら、記録用の映像とりながら
バタバタでした。
カーテンコールもカメラをまわしてました。
そしたら、またまた乱丸さんです(笑)
乱丸さんは、カーテンコールのならび順は、前ではありませんでした。
後ろでぼろなき
覆面の上からでもわかるくらい(笑)
それを、上の段にいた、こはるがもらい泣きして、ボロボロ…。
もう、劇団員がそんなんなっちゃったら、感極まるやんとおもいながら、私は客席一番うしろからニヤニヤ
まぁ、こんなことがあって、
挨拶でふいに
泪がね〜〜〜。
劇団五周年…
はつの遠征公演…
正直に言うとめちゃが⬅たくさんつくくらい大変でした。
作品も、私にとって特別な作品でした。
初演で評判よかったけど、なかなか再演をしなかった作品でした。なぜなら、見た人はわかるのではないでしょうか?
この作品を大阪でやるにあたって、
大変だったけど、
それとおなじくらい
人の大切さや優しさを痛感しました。
初クラウドファンディング。
私がほぼやってましたが、これもこれではじめから、大変でテンヤワンヤでしたが、たくさんの方の支援がきて、泣きそうなくらい嬉しかったです。
⬆いま、リターンの準備を劇団員たちと準備しております
ゲストレスラーの方たちとも
楽しかったなぁー
これからも
努力を惜しまず精一杯頑張っていきますので
どうぞよろしくお願いいたします。
劇団水色革命主宰 MARU













