詳しくはまだ発表できませんが
次の水色革命公演『絆』でホームとしては最後の公演になります
前から決まってました…。
だから、東京芸術劇場あとなのに
すぐに水色革命で公演をやることにしたんです。
だって水色革命は戸野劇でうまれたんですもん。
いろいろありましたね。
ええ、いろいろありすぎました。
戸野廣浩司記念劇場は私にとって
とにかくプレッシャーの場所でした。
結果を求められる場所というか…
あ、戸野劇の経営などは、私は一切かかわってません。
そーいうプレッシャーではなくて。
私は自分で言ったことは
どんなことがあっても絶対に貫きます。
でもこの数年、貫かなきゃいけないことが多くなってきたり
劇団の主宰になって劇団員を守らなきゃいけなきゃいけない立場になったりで
自分の意思を確認する暇もないくらい
走りつづけてきました。その出来事の多くが戸野劇って中の場所でしたね。
あそこで
脚本演出を多くやりましたから。
主催としても主宰としてもプロデューサーとしても、とにかくたくさんやりましたから
なにかをやるってことは、必然的にいい結果が求められるってことなんでね。
だからプレッシャーに押しつぶれそうな場所なんですよ。
わたしは戸野劇での稽古を好みません。小屋入りまえに、空いてても戸野劇で稽古をしません。それはなぜか?
頭痛がでるんですよ。
これ、本当に。
だから戸野劇はいったら絶対頭痛薬を持参します。
頭痛………
きっとそれは、プレッシャーの場所なんだからなんだとおもいます。
楽しいことよりもしんどいことの方が多かったですね、、、あそこは。
でも、水色革命もコルバタもあそこでうまれたんです。
あそこで育ったんです。
あそこで出会って
あそこで別れを経験したんです。
あそこでわらって
あそこの裏で泣いて歯を食いしばって
あそこで…
あの戸野劇で成長したんです。


見にきてください
ぜひ、最後。
あ、それに水色革命今年最後の公演です。
次は来年です。
充電期間です。
各自の個人活動期間です。
来年の水色革命、期待しててくださいね。やばいっすよー(笑)


次の水色革命公演『絆』でホームとしては最後の公演になります
前から決まってました…。
だから、東京芸術劇場あとなのに
すぐに水色革命で公演をやることにしたんです。
だって水色革命は戸野劇でうまれたんですもん。
いろいろありましたね。
ええ、いろいろありすぎました。
戸野廣浩司記念劇場は私にとって
とにかくプレッシャーの場所でした。
結果を求められる場所というか…
あ、戸野劇の経営などは、私は一切かかわってません。
そーいうプレッシャーではなくて。
私は自分で言ったことは
どんなことがあっても絶対に貫きます。
でもこの数年、貫かなきゃいけないことが多くなってきたり
劇団の主宰になって劇団員を守らなきゃいけなきゃいけない立場になったりで
自分の意思を確認する暇もないくらい
走りつづけてきました。その出来事の多くが戸野劇って中の場所でしたね。
あそこで
脚本演出を多くやりましたから。
主催としても主宰としてもプロデューサーとしても、とにかくたくさんやりましたから
なにかをやるってことは、必然的にいい結果が求められるってことなんでね。
だからプレッシャーに押しつぶれそうな場所なんですよ。
わたしは戸野劇での稽古を好みません。小屋入りまえに、空いてても戸野劇で稽古をしません。それはなぜか?
頭痛がでるんですよ。
これ、本当に。
だから戸野劇はいったら絶対頭痛薬を持参します。
頭痛………
きっとそれは、プレッシャーの場所なんだからなんだとおもいます。
楽しいことよりもしんどいことの方が多かったですね、、、あそこは。
でも、水色革命もコルバタもあそこでうまれたんです。
あそこで育ったんです。
あそこで出会って
あそこで別れを経験したんです。
あそこでわらって
あそこの裏で泣いて歯を食いしばって
あそこで…
あの戸野劇で成長したんです。


見にきてください
ぜひ、最後。
あ、それに水色革命今年最後の公演です。
次は来年です。
充電期間です。
各自の個人活動期間です。
来年の水色革命、期待しててくださいね。やばいっすよー(笑)