今日は一日違う世界に行ってました。


そんな話しはどうでもいい。
公園を歩いてました。
小さい子供が両親を手をつないであるいてました。
その姿を見て、少し昔を思い出しました・・・

子供の頃、自分と同じ子供が両手に
お父さんとお母さんと手を繋いでるのを見て
いつもいいなぁ~と思ってました。

きょうだいと遊んでる子を見ても
いいなぁ~って思ってました。
日本語で会話している親子を見ていいなぁ~って思ってました。
親に言葉で怒られるのを見ていいな~って思ってました。


15歳までのあの人生は不幸過ぎました!
5歳で日本に来てから、9歳まで私は友達がいませんでした。
片親、母が外国人、私も日本語が下手だったし
母の再婚で転校の繰り返しで、よくいじめられてました。


なによりも辛かったのが泣母からの暴力と
泣酒乱による(まるじゃないよ笑
週に一回手錠をかけられた母がパトカーに連れられた行く姿をみることでした。
そして、母は最近は言わなくなったけど
ずっと泣「お前なんて生まなきゃよかった。あの時流産させればよかった」
とずっと言われてました。
そう私は、誰一人望んでないで生まれてしまった赤子でした!

未婚の子供、母はいつも「お前は私に似ず、あいつに似てるむかつくちーん
私はこのころから詩を書いてましたが。
何作品も母への憎しみの詩が何十作品もある。

汗その詩をみたら、読者のみなさんんー・・・ ひくよ



その時私を救ったのは、9歳の時に出会った
「のんちゃん」でした。
のんちゃんは今では私のたった一人幼なじみですポイント

私が仲間を大切にするわけはここにあります!
日本に来て、居場所のないまるを救ってくれたのは
血縁の人でも、恋人でもありませんでした
ダッシュ まぁ~この時期に恋人はいませんでしたが。泣く

のんちゃんと出会う前に戻れと言われたら
私は自分の首を切ってnamida死んだほうがマシです。
嘘じゃない!!
今の時代親が子を体罰で死なせるっての多い。
私もそうなっていたかもしれない。


私にとって名字はどーでもいい名前です!
何度も再婚した母・・・新しい家に入って
子供の頃毎日思ってました・・・

毎回なんであかの他人のしらんおっさんを、お父さんと呼ばなくては?
他人をおにいちゃんと・・・
他人をおばちゃんと・・・
こいつらに隠れて、なぜ私は母さんに殴られているのか?
体中痣だらけ・・・
布団たたきのボウで殴られての痣。
血だってたくさん出た。

高校時代、体罰があまりにもひどくて、
近所の人が、警察に連絡したのでしょう。
施設のひとが家に来た。私を引き取りに・・・
アメリカからも台湾からも、母から逃げてこっち来なさいといわれ
私が断った!
だれが母を支える・・・?

15歳までの話しだけにしようと思っていたのに・・・

幼少時代私の不幸は
日本では10位以内に入ってると思いまっせいらっ


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あれこの食べ物をある人と食べましたね。
そうだ!!!私ランプの舞台で、主役やりましたが・・・
そこで「役作り」ってタイトルでブログを書こうとおもってました。

この日記にもつながってくるはなしなので、
明日かけたら買います(*'∀`*)v

さ~だれとたべてたでしょう?
ヒントpoi ツイッターに昨夜かいてますね!