自分にとっちゃかなりの重大発表です。


今まるは32歳。



二十代・・・沢山の辛い経験をした。

練習が辛かったり(←あたりまえうう。

試合で大怪我したり

団体離脱したり

別れがあったり

居場所なくしたり

台詞覚えられなかったり(←プロ失格うう。


まぁ~いろいろあった二十代でした。

でもやはり一番しんどかったのは、27歳の時に劇団辞めたときかも・・・。

ものすごくトラウマになってて・・・


誰も悪いわけじゃないのに

なんでこうなるんかなぁ~みたいな。

毎日毎日帰り道・・・泣いてた。


だからそのとき思ったんだ。

「もっと私に力があれば、どうにかなってたのかもしれない。

力をつけよう・・・」



劇団をやめてから

必死だった。


やったこもない脚本をやり

演出をやり

チラシデザインを勉強し

プロデュースをバンバンやり・・・

そして、とにかく演じ続けた。


2011年11月に水色革命がスタート


「水色革命ってなに?」

ってよく聞かれました。


「・・・。北沢タウンホールに向けてのなんか・・・」

と自分も首をかしげながら、答えてた。

水色革命は旗揚げしてません。

劇団でもなけりゃ、ユニットでもありません。


多分私自身、水色革命がなんなのか意味を

つけたくなかったのだと思います。


怖かったのだと思います。



劇団をやめてから

私自身、芝居のほかに脚本や演出ができて

そして劇場ができて、

沢山の人に



「そこまでできるなら劇団つくりなよ~」



と言われてた。

とくに水色やり始めてからは、毎回(;´д`)

でも、ずっと逃げてました(苦笑)


どうしても5年前の劇団やめたときのトラウマがあって・・・



水色革命は当初、最終的な目標

北沢タウンホール公演が終わったら、

バイバイ~って感じでした。


でも回を重ねるにつれ、革命軍のみんなが

「ここまできたのに、なくなるのは寂しい」

と言ってくれたのです。


うん・・・。



いろいろ感じながらも

それでも私は・・・踏み出せなかった・・・


もし、旗揚げして

またあんな風になってしまったら・・・

臆病者のくそったれですあっ・・・  



でもある革命軍の言葉と

ある革命軍の行動が、私に勇気をくれました。


この人たちが

ここまで水色の事を考えてくれてるのに

私はなにをしてるんだろう・・・って思った。


だから言ってやりました

「やりますかぁ~。でもやるからには

1番か2番になるよ!」




水色革命、正式に旗揚げします。




とりあえず5月のタウンホールは

6弾までの集大成です。



メンバーはタウンホールで発表になると思います。

今までの水色が若手とか多かったから

若手多くなるんかね~。

まだ全然わからん。ヾ(@^(∞)^@)ノ




やっとブログに書けた。

ブログでも一歩踏み出せなかった。



こんな臆病者で

ひょろひょろで

バカな自分ですが


一生懸命がんばります。





まず旗揚げしたら

ホームページをプロに頼みたい。

今まるがつくってるのだが・・・もう限界はぁ。ww

http://iandifactory.com/iandi/mizuiro.html