こたつに入ってミカンを食べながらプロリーグの試合をのんびり見ていた。
バレーボールを見るのは久しぶりだ。
高校卒業以来、ボールにも触っていない。
地元の強豪校にいた槙がプロになったことは風のうわさで聞いていた。
卒業以来連絡を取り合っていなかったから、数年前に一度電話が来た時には驚いた。
しかも「柚井沙紀の連絡先を教えろ」なんて。
教えるわけがない。
まず個人情報を簡単に開示するほど危機管理ができてない人間ではない。
それに・・・・彼女と槙がつながることが、嫌だった。
当時はなぜ教えなかったのか、自分でもわからなかった。
だがテレビの画面に映る槙が客席の柵を越えて沙紀に抱き着いているのを見た時、わかったんだ。
彼女に槙を知ってほしくなかったんだと。
槙は昔から超が付くほどポジティブで陽気な人間だった。
試合中でも常に前しか見ていない。
もちろん失敗したときに悔しがることはあった。だがそれを絶対に引きずらない上に、マイナスをプラスに変えていく強さを持っていた。
そんな槙が、僕は嫌いだった。
羨望と嫉妬が混じりあう沼。
自分にはできない発想、自分にはできない行動、そして自分には永遠にかなわない存在・・・。
沙紀と別れてからは、彼女のことを思い出さないようにしてきた。
柔らかく気遣いができる性格な上に、彼女には強い意志があった。
好きなもののためには自分をゆがめたりしないという意思。
僕のためにはゆがめてくれないという事実。
それを受け入れられない自分は過ちを犯し、彼女を傷つけた挙句別れを告げた。
ずっと後悔していた。
もしかしたら、ふいに彼女がこちらに戻ってくるんじゃないかと少しだけ期待していた部分もあった。
自分の夢よりも、僕を選んだと優しく笑う彼女を待っていたんだ。
そんな折に槙から連絡が来た時、僕は明確に思った。
「この二人を引き合わせたくない」と。
「あれ?今のって・・・」
隣で子供のおむつを替えていた桃が手を止めてこちらを向いた。
そして僕が無意識に手に持ったミカンをつぶしていることに気づき、無言でタオルを渡す。
「まだ・・・好きなの?」
桃は高校時代に沙紀の友達だった子だ。
当時から恋多き女だったようで、気に入った相手とはすぐに関係を持つと誰かがいっていた。
近所の弁当屋で働いていた桃に会ったのは、高校卒業後1年ぐらいしてからだろうか。
当時は「沙紀の彼氏」という肩書だったので、会うと世間話や沙紀との近況報告をするぐらいだった。
いつまでたっても戻ってくる気配がない上に、貴重な逢瀬の時間すら東京生活や研究の話を楽しそうにする沙紀に苛立ち、それを修復しようと頑張る沙紀に苛立ち、偏狭な自分にも苛立って小さな居酒屋で飲んだくれていた時だ。
合コンの帰りだとかで、僕の隣にドスンと座った桃もずいぶんと酔っぱらっていた。
そしておもむろに「沙紀とはどう?」という桃の言葉に、とどめを刺されたんだと思う。
そのまま無言で桃の手を引き、店を出た僕は近くの自宅へと向かった。
千鳥足で笑いながらついてきた桃は、僕のベッドの上に倒されたときに初めて真顔になった。
僕はたぶん泣いていたんだと思う。
何も言わずに桃の下着をはぎ取り、いきなり彼女の中に押し入った。
現実逃避のように目を閉じ本能のままに動き続ける僕に、彼女は何の抵抗もしなかった。
果てたあと、謝ろうと口を開きかけた僕の頭を桃はそっとさすった。
「つらかったんだね。」
僕は決心した。
もう、やめると。
次の日、僕は沙紀に連絡をした。
桃と関係を持ったと。
別れようと。
沙紀は泣いていたが、僕の欲しい言葉は言ってくれなかった。
実際僕は幻想を見ていたんだと思う。
彼女を縛ることなんてできない。
それはとっくにわかっていたはずなのに。
隣で心配そうな顔をしている桃の手を、僕はぎゅっと握る。
「びっくりしただけ。」
桃とはその後、時々関係を持つようになり、何となく同棲が始まった。
その間も僕は桃を正確には見ていなかったんだと思う。
時々泥酔しては見知らぬ女と一夜を共にしたりしたが、桃は何も言わずに家で待っていてくれた。
「だいじょうぶだよ。私はずっとそばにいるよ。」
桃が僕のことを好きだったのかどうかも定かではない。
でも、その時二人の間には何かしらの絆があったんじゃないかと思う。
「さみしさ」が原動力であったとしても、今となってはどうでもいい。
僕はこたつから出ると、おむつを替えてもらいご機嫌のその子を抱き上げた。
僕の顔を見て無邪気に笑う、僕にそっくりな顔の子供。
「僕は、桃とこの子を、一生大事にするよ。」
桃はほっとしたように僕に笑いかける。
テレビに視線を移すと、槙がコートの上でインタビューを受けていた。
僕はこんなキラキラした人間にはなれないし、それにふさわしい信念も持っていない。
だが、「幸せ」だ。
僕は、夢を追うことではなく、寄り添う愛を選んだんだ。
リモコンでテレビを消した画面に映っている僕自身が、お前は幸せなんだと語りかけてきている。