約束の1年があと1か月に迫ったその日、槙は珍しくいら立っているように見えた。

今日の試合でチームメイトの石田涼が怪我をしてしまったのだ。

あと少しで優勝決定戦のため、どのチームも負けられない試合が続く。

そんな中での故障はさすがにダメージなのだろう。

それがいつもじゃれながらも切磋琢磨し合っている涼だというのだから当然だ。

沙紀も日本にいるころは家族ぐるみで仲良くしてもらっていたので、自分のことのように不安になる。

 

涼さん大丈夫かな、と心配する沙紀に、槙がぶっきらぼうに言う。

「考えてもしょうがねーけど。。そういえばあれ、帰国の日って決まったの??」

 

このタイミングできかれた・・・。

沙紀の研究はスムーズに進み、すでに論文も完成している。

後は帰国を待つだけという段階のはずだったが、もうすこし研究所の仕事を手伝ってくれないかと先日言われてたのだ。

 

沙紀は悩んでいた。

こんな世界でもトップクラスの研究所に留学できるチャンスも滅多にない。

おそらくこれが最初で最後だろう。

これで終わりにしたくない。

だからと言って、槙と一緒に暮らすことが待ち遠しくないわけはない。

 

沙紀は素直に自分の気持ちを伝えてみる。

「ちゃんと伝えて」そう槙に言われたから。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

むっつりと腕を組んで黙り込む上に、槙の表情がどんどんこわばっていくのが分かる。

まだ決めたわけじゃないと、そう槙に伝えようとした。

 

「あー分かった。いいんじゃない?好きにしたら?」

 

一瞬の出来事だった。

画面の向こうで槙が早口でまくし立てるように言い放ち、通話は一方的に中断された。

 

沙紀は呆然とした。

今までこんなことは一度もなかった。

半ばパニックになりながらもう一度通話ボタンを押すが、待機音が鳴るばかりでいつまでたっても槙の姿を見ることはなかった。

 

 

なかなか寝付けなかったせいか、翌朝の気分は最悪だった。

槙から連絡もない。

朝食も取れず、昼過ぎになっても青い顔をしていると、同僚が心配をし医務室に連れて行ってくれた。

 

問診表を書く中、ある質問で手が止まる沙紀。

 

「最終月経はいつですか?」

 

あ・・・・。

 

日本から戻ってから、一度も来ていない。

 

その後の検査をうけ、正式に妊娠が判明。

帰宅した沙紀はソファの上でぼんやりとしていた。

吐き気もなかなか収まらないうえに、妊娠、仕事、帰国。

考えなければいけないことばかりなのに、なかなか頭が働かない。

 

お風呂でも入ろうか、そう思いながらまどろんでいると、PCから着信音が聞こえてきた。

 

沙紀はゆっくりとPCを開いた。

そこには、冬休み中にこっそり撮った槙の寝顔のアイコンが表示されていた。

 

その瞬間、沙紀の目からはぼたぼたと涙がこぼれてきた。

 

失いたくない・・・・。

 

涙をぬぐい通話ボダンを押すと、間もなく槙のいつもの顔がうつる。

「よーー!今日は絶好調だっ・・・・・・おい!!どうした???なんかあった???」

満面の笑みが一転心配そうな顔になる槙に、沙紀は嗚咽しか出せない。

 

画面の向こうで慌てふためく槙だったが、数分後涙の止まった沙紀が小さな声でつぶやく。

 

「昨日は、ごめんね。」

「や、俺が悪い。すまんかった。」

 

まじめな顔で言い切る槙は、やっぱりかっこいい。

 

「赤ちゃん・・・・」

「え?」

「赤ちゃんができたの。」

!!!!!!!!!!

言葉にならない言葉を発した後、画面から姿を消した槙の遠吠えのような叫び声が遠くから聞こえてくる。

その後すぐ画面に戻ってくると、槙は興奮を抑えきれない様子で矢継ぎ早に質問をする。

「え?いつ?どっち?女?男?」

沙紀が答える暇もなく、今度は突然青くなる。

「いやまて、もしかして・・・俺の子じゃないのか??それで帰ってこないってこと???」

机に突っ伏して画面から消えてしまった槙に、沙紀は涙をぬぐいながらくすくすと笑う。

「本気なら怒るよー。槙さんの子だよ。もうすぐ3か月だから性別はまだわかんない。」

「・・・ぅをおおおおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉーーーー!!」

今度は後ろにのけぞりまた画面から消えてしまった。

 

沙紀はこの時、もう決めていた。

日本に帰ろう。

そして槙の子供を産もうと。