アメリカに留学した沙紀は新しい経験・職場・言語に翻弄されつつ、充実した日々を楽しんでいた。

 

もちろん槙のことを忘れていたわけではない。

出国前に約束していた毎日のビデオ通話は欠かさず続けていた。

 

雪村の時はさほど感じていなかったが、コミュニケーションがいかに大事なのかということを槙との関係から教わった。

毎日見る槙は、毎日違う表情をしている。

1日30分足らずの会話だったが、今日の出来事や今の気持ちを伝えることを怠らないことで、一緒にいたころにも増して強い信頼関係を築いていた。

 

 

「お前が帰ってから調子出ないんだけど・・・。」

春が近くなり、シーズン中の槙は珍しく弱音を吐く。

 

長い冬休みをもらって年末に帰国した沙紀は、槙の住む家に3週間ほど滞在した。

夏は数日しか会えなかったので、この冬を楽しみにしていた二人。

空港に迎えに来た槙の車の中で、そのまま何度も抱きあった。

始まりこそ寒い寒いとお互い素肌を触らないように細心の注意を払っていたが、最後には車の窓が真っ白に曇るぐらいの熱気で汗が止まらなくなり、大笑いした。

槙はシーズン中ではあったものの、プロ契約をしたおかげでいつもよりもゆっくり過ごすことができた。

朝起きて、ごはんを食べ、槙が練習に行くまでの間は映画を見たり買い物をしたり、一緒に洗濯もした。

ごく普通の日常がなぜこんなに楽しいのだろう。

沙紀は隣で笑っている槙がいることが幸せで、アメリカに戻ることを躊躇してしまうほどだった。

 

冬休みが終わり、アメリカでの研究も大詰めになっていた沙紀はさみしくてたまらなかった。

胸にぽっかりと穴が開いたような、そんな気持ちだった。

そんな折、珍しく疲れた様子の槙がビデオ通話でそういったのだ。

 

文明の発達のおかげで、毎日顔を見て話ができるのはとてもうれしい。

ただ一つの問題は、直接触れられないこと。

槙がスキンシップを好むことは周知の事実だ。

ではこの遠く離れている今、彼は物理的な欲求をどこで満たすんだろう。

 

でも、そんな不安も全部、ため込まないと約束したから。

 

「誰かと・・・・エッチした?」

画面の向こうの槙が突然背を正して答える。

「してません!」

まっすぐこちらを見つめる目に、沙紀は申し訳ない気持ちになる。

「ごめんね。」

「またお前は!!」

画面に顔を近づけて、槙はにらみをきかす。

「俺も納得したうえでお前はそっちに行ったんだろ?謝るな!だめ!!」

「でも・・・私のせいで調子よくないって・・・。」

槙の気持ちがどんどんしぼんでいくのが分かる。

「そりゃさみしいもん、当然だろ?・・・でも、わるい。せめて・・・・・せめてお前のダッチワイフでもあれば・・・・」

冗談かと思いきや本気っぽい顔がちょっと気持ち悪いな、と思いながらも槙の声色をまねて叫んだ。

「私も頑張るから!幸ちゃんも頑張るんだ!!」

「んん!!がぁぁーーーんばーーーーる!!!」

さっきまでしょぼくれてた姿が嘘のようにいつもの槙に戻ったことを確認し、沙紀はまた明日ねと通話をオフにした。