「なー、そろそろ一緒にすもうよーー!!」
キッチンでコーヒーを淹れる沙紀に、槙がベッドの中から大声を張り上げる。
「ちょ。まだ早朝だから!声小さく!」
焦った沙紀は、コーヒーをこぼしそうになりながらも上手に目玉焼きを完成させる。
のそのそとベッドから這い出して、沙紀を後ろから抱きしめる槙の髪の毛には驚くほど寝ぐせが付いていて、沙紀の視界にもチラチラと入るほどだ。
「んーーーーー、いい匂い。」
2人が付き合い始めてもうすぐ1年。
卒業式が終わったのに次の日からも研究室へ入り浸っている沙紀は、この春からあこがれの長谷川孝教授とともに働くことが決まっている。
シーズンも終盤の槙だったが、試合の疲れをもろともせず昨夜も遅くまで沙紀と愛し合っていた。
「研究室と俺の体育館近いんだからさ~、ここよりだいぶ楽じゃーん。」
付き合い始めの頃こそ無理やり自宅に帰されていた槙だったが、最近はほとんど沙紀の家に入り浸っている。
家の中にも槙のものが増えてきて、物を置くスペースの確保が困難になりつつあるのは事実だった。
「また帰ってきたら話そ!じゃあ試合頑張ってね。私も終わったら見に行くから。」
話の腰を折られて少し不満げな槙は、急いで出かける沙紀にコーヒーを飲みながら手を振った。
研究室では、もう秋山保一が来ていた。というより、昨日から泊まり込んでいたらしい。
足元に丸まる寝袋に躓きそうになりながら、沙紀は新しくできた自分のデスクまで行くと荷物を置いて教授室に向かった。
ノックをすると中から「どうぞ~」とのんびりした声が聞こえてきた。
ドアを開けると、長期出張から帰ったばかりの長谷川教授が手を広げた。
「来たな!サキッペ。」
「その呼び方は、、中学生以来です。」
笑いながら握手をし、教授は椅子をすすめてくれた。
教授は沙紀を見てニコニコと笑うと、感慨深いというような顔で続けた。
「よくここまで来たね。本当に君は、昔から前しか見ない子だったからね~。」
中学生の時に通ったあの資料館を思い出す。
私の始まりは、きっとあそこからだった。
「あの時あの場所で長谷川教授にお会いしなければ、今の私はなかったと思います。」
大きく笑って長谷川は、指を立て横に振る。
「確かにそうだったかもしれないね。でも、きっとここに来るまでにいろんな人の力を借りているはずだ。」
沙紀は、そうだと思いなおす。
夢をあきらめずに済んだのは、槙の力も大きかった。
卒業後の進路に関しても、槙は沙紀の悩みに毎日のように耳を傾け、助言をし、最後はなぜかバレーボールの格言をくれるのだ。
多少ずれていたとしても槙の気持ちがありがたく、最先端で活躍するスターの言葉は心に響いた。
「お、その顔は誰かいい人でもできたかな?少女から女性の顔になったね。」
のんびりとからかう長谷川に、沙紀は顔を赤らめた。
「じゃあ、今度の話。どうするのかな?」
沙紀はしばらく黙り込んだ後、強い目で答えた。
「お待たせしてしまいましたが、進めてください。よろしくお願いします!」