私はモテる。
それは周知の事実だ。
でもそんなこと、私にとってはどうでもいいことだった。
私は、私が好きな人にだけ好きになってもらえればそれでいい。
でもあの人は相変わらずこっちを向いてくれない。
小さい頃からかわいいといわれて育ったので、高校生活で何人から告白されたりアプローチされたりしても別に何とも思わなかった。
私はたぶん変わっている。
人と同じものを同じ見方ができない。
私の中身も知らないうちから、外見だけを見て付き合いたいといってくる男なんて、いらない。
私は私を知ってくれる人がいい。
本当の私を知ってくれて、好きになってくれる人がいい。
そしてその人を愛したい。
吉井一(はじめ)コーチと出会ったのは、1年生の秋だった。
前のコーチが骨折で入院してしまったので、代わりにと大抜擢されたOBだった。(本人は不本意な大抜擢だったようだが)
高校生の男子をまとめるだけでも大変なのに、本業(ジムのトレーナー)と両立しながらというので、私たちは実際あまりあてにしてなかった。
前のコーチが帰ってくるまでの繋ぎぐらいにしか思ってなかったんだ。
だが吉井コーチは予想をはるかに超える働きをしていた。
選手の特性を見抜き新たなポジション提案をしたり、練習試合の相手を探して申し込みをしてくれたり、なぜか生徒の人生相談までしていた。
ただの兄ちゃんから、頼れるコーチになっていった。
私も初めはマネージャー側から傍観していただけだった。
ある日、コーチを二人で話す機会があった。
「三杉はなんで壁をつくるの?」
こんなこと話しても解決にならないことはわかっていたし、ほかの大人には「もっと人間関係を作らないとだめよ」と言われたこともあったので答えることには抵抗があった。
でも、体育館横の寒い廊下にある小さなストーブだけで暖を取りながらこんな話をするのって、ちょっとおもしろいかもしれないと思ってしまったんだ。
「私、人間が嫌いなんです。」
コーチが驚いた顔でこちらを見る。
「私、顔が無駄にきれいだから、結構モテるんです。告白されて付き合い始めると、こんな性格だとは思わなかったとか言われることが多くて。女の子と一緒にいても、あの独特な同調ができなくて辛くなる。ほんとに自分のことを理解して一緒にいてくれる人なんていないと思うんです。」
コーチは缶コーヒーを一口飲むと、静かに言った。
「お前が幸せだなって思えるなら、それでいいのかもな。でも、今お前幸せか?」
「幸せって・・・・なんですか?」
こんなことコーチに聞いたところで正解がきけるなんて思っていない。
でも、コーチなら正解への道を知っているんじゃないかと思ってしまった。
強い目で見すぎたのか、コーチがたくさん考えたあと、わからないと答えた。
「役立たずでごめんな。」
そういいながら情けなく笑った。
分からないことをわからないということはとても難しい。
大人になると、もっと難しくなるんだって思ってた。
でも、素直に口にできる人もいるんだ。
この人、かわいい。
もっと、知りたい。
きっかけは些細な事だった。
でも、この時から私はあからさまにアプローチを始めた。
不自然なぐらい近くに立ってみたり、ボールを渡すときわざと手を触れてみたり。
2人きりの時に彼女がいるのかと迫ったこともある。
そんな時、コーチは申し訳なさそうにほほ笑むだけだった。
容姿には自信があったのに、なぜコーチがこちらを向いてくれないのかわからなかった。
もしかして私、ほんとは魅力ないのかな?
不安になった私は、試しに告白してきた男子と付き合ってみた。
なんとも思っていない男子だったけど、いい子そうだったから。
そのことをコーチに話すと、ほっとしたように「よかったな」といった。
胸が、焼けるように痛かった。
この男子とはすぐに別れたけど、私はその時からコーチに対して特別な態度を取らなくなった。
正確には取れなくなったんだ。
本当に「好き」だとわかってしまったから。
それからは地獄だった。
恋とはこんなにつらいものなのか?
自分が好きな人がこちらを向いてくれないこと、特別な目で見てくれないこと、ほかの女の子と普通にしゃべっていること、私生活のことを何も知らないこと・・・すべてが私には初めての片思いだった。
2年の終わりに、とうとう私はコーチに告白をした。
「付き合ってください」と。
答えはNOだった。
理由は「高校生だから」
そんなの理由になってない!
私はあきらめなかった。
何度も告白をした。
私の気持ちを分かってほしかった。
3年の大会が終わり引退を迎えた日、私は最後の告白をした。
コーチは泣き疲れて真っ赤になった目をしながら、呆れてと笑った。
「三杉、お前俺のどこがいいの?ただのおっさんよ?もっと若くてかっこいい男子いっぱいいるだろうが。」
これが最後だと、決意して臨んだ告白だった。
自分の気持ちを全部伝えたいと思った。
「コーチはおっさんだし、がさつだし、お腹ちょっと出てるし、時々靴下に穴空いてるし、」
「ちょちょちょちょちょちょ!!悪口かよ!」
あわてるコーチを遮り、私は続けた。
「情に厚くて、みんなと一緒に喜んで泣いて、調子悪いと心配してくれて、」
「悲しいときに、頭撫でてくれて・・・そんなコーチが、好き。私だけを見てほしいの。」
コーチはあきらめたように笑って、私の頭にポンと手を載せた。
「俺も3年間、お前の努力を見てきた。初め作ってた壁、もうほとんど残ってないじゃん。よく頑張ったな。」
頭をごしごしと撫でるコーチの手を私は握り、至近距離で見上げる。
「褒めてほしいわけじゃないです。」
「・・・・負けた。お前は自分の武器を甘く見すぎ。。やばい。」
目を背けるコーチの胸に飛び込もうとする私を、コーチは手で制した。
「だが、けじめはつけるぞ!」
「けじめ?」
「卒業するまでは、何もしない。」
「何もって?」
「何もは・・・何もだ。。」
何を想像しているのか、コーチの顔がちょっと赤くなった。
私は、今日この顔が見られただけで満足だった。
卒業式の日、夕暮れ時に私は駅前に立っていた。
駅にある時計の針は16:35を指している。
「早く来すぎちゃったかな。」
手袋をはめていない指先は、赤くなって氷のようだった。
息をかけながらこすっていると、隣から声がした。
「かわいいね!モデルさん??誰かと待ち合わせ??」
いつものことながら、声だけでわかる頭の悪さ。
そのまま無視していると、その男は顔を覗き込んで図々しくも頬を触ってくる。
「人形みたいだね~!少しだけでいいからお茶でもどう??」
「やめてください」
そう言おうとしたその時、男の顔に影ができた。
男が見上げると、後ろの影がいった。
「俺の、彼女なんで。」
背が高いだけでなくガタイもいい相手におじけづいたのだろう。
小さく毒づいた男は遠ざかっていった。
私は振り向くと、その大男に抱きついた。
「お前来るの早すぎだろ!」
引き離そうとする手から逃げながら、胸元のにおいを大きく吸い込む。
コーチのにおいだ。
「コーチこそ。」
「・・もう『コーチ』は卒業したんだろ?」
「何て呼ばれたい?はじめくん?はじめちゃん?あ、はーちゃんとか??」
「恥ずかしいのはやめて!」
お互いに笑いあったあと、行くぞといったコーチの手が私の手をすくいとる。
あったかい。
手袋なんて、やっぱり要らなかった。
今日から私は、コーチの彼女だ。