ライブ当日、沙紀は朝から何度も服を試着していた。
もちろんライブ自体もずっと楽しみにしていたが、今回は雪村と一緒だ。
かわいい服を着ていくか、はたまた動いてもだいじょうぶなカジュアル系を選ぶか・・・。
雪村の反応を妄想してベッドでもだえていると、兄がドアの前に立っていた。
「なんだお前、デートか?馬子にも衣裳だな。」
ニヤニヤしながらこちらを見ている兄に沙紀は負けじと言葉を投げつける。
「うるさい!そんなだから真紀ちゃんに振られるのよーー」
沙紀の兄である海斗は大学1年生、3か月前に付き合い始めた超美人の彼女に先週振られたばかりだ。
海斗は背が高く沙紀と似てきれいな顔立ちをしているが、どうにもこのドSな性格からは受け入れられる女性が限られているらしく長続きしない。
「なんだと?嫌がらせに後ろからついてくぞ!」
「そのついてきてる姿、動画でとって真紀ちゃんに送るからねーー」
「ぐぬっ・・・」
珍しくあっさりと負けを認めた海斗はしょぼしょぼと階段を下りて行った。
沙紀はなぜ兄がモテるのかが全くもって疑問だった。
待ち合わせ場所のコンビニにつくと、すでに雪村は来ていた。
学校以外で会うのは初めてだ。
雪村はシンプルなTシャツにジーンズ姿だったが、180cm以上の長身で整った顔立ちのせいか行き交う女の子たちがちらちらと振り返る。そしてなぜかそれにイラついている様子だった。
「雪村くんらしいな。」
触ったら噛みつきかねない様子だった雪村だが、笑顔で手をふる沙紀を見ると一瞬で表情を変える。喜んでいるようには見えないが、どうやら機嫌は悪くないようだ。
昨日までの定期テストの内容を話しながらライブハウスに入る二人。
そこは人でいっぱいで、はぐれてしまったらもう二度と会えないんじゃないかというほどだった。
「すごい人だね!!!」
「×〇×○・・・」
人の声とBGMの音も混ざり、もともと小さい雪村の声はかき消されてしまう。
沙紀がきき返そうと思ったその時、ライブが始まった。
始めの曲が二人の大好きな曲だった。沙紀はノリノリで体を動かしていたが、雪村は一向に動かずじっと目を閉じている。
沙紀が何かを叫ぶが、聞き取れず耳を近づけた雪村にもう一度大声を出した。
「一緒 に 楽しもう!!」
雪村の口元が緩む。
「あ、笑った」
小さい動きではあるが、ゆったりと気持ちよさそうに音楽に身を任せる雪村をみて、沙紀も嬉しくなった。
ライブ会場から家までは二人とも興奮してばかりで、思いつく感想を言い合った。
普段の雪村にしては驚くべきテンションだが、沙紀も本人も興奮してそのことに気づいていない。
家が近づくにつれて、少しずつ口数が少なくなっていく。
「雪村くん、今日は本当にありがとね!一緒に行ってくれなかったら来れなかったかもしれない。」
「僕は柚井さんがいて、いつもより楽しめたと思う。・・・・ありがと。」
私だっていつも見られない雪村くんが見られてほんとにうれしかった、そう思ったが沙紀は伝えられない。
恥ずかしさもあったけど、そう言ったら雪村が元に戻ってしまいそうで怖かったからだ。
沙紀の家まではあと少し、申し訳ないからと断ったのだが雪村はかたくなに送るといってきかなかった。
あと少しで魔法が解ける。
伝えたい。自分の気持ちを。
沙紀が口を開こうとしたとき、上から声がした。
「お早いお帰りですね~お嬢様!」
二階から兄の海斗が手を振っていた。
びっくりしている雪村に沙紀が兄だと説明する。
「彼氏さん??うちの妹がどーも。」
いつものニヤニヤ顔で言うと、雪村の顔がこわばった。
否定をしようとする沙紀の声を遮り、硬い声で言った。
「そんなんじゃないです。失礼します。」
あっという間に身をひるがえして歩いて行ってしまう雪村の後姿をみて、沙紀は呆然とした。
「そんなんじゃないです・・・・か。なに?彼氏じゃなかったの?つまんなーい」
さっさと窓を閉めてしまう兄の声はもう沙紀には届いてなかった。