兄が亡くなったとき、その死顔がとても穏やかだったので、声をかければ起きだすんじゃないか、と火葬場に行くまで思っていた。
肉体という器に魂が戻ってきたら、生き返るんじゃないかと思って、帰郷して初めに対面した時も、横に座って顔を眺めている時も、納棺して蓋をした時も、お通夜の時も、葬儀の時も、火葬場で最後のお別れです、と言われた時も、ずっと、兄に「まだ間に合うよ。帰っておいで。体がなくなる前に戻ってきたら間に合うんじゃない?」と心の中で語りかけていた。
でも、やはり帰ってこなかった。当たり前なのだけど、奇跡は起こらなかった。
よくドラマであるような、首を吊る寸前に人に見つけて貰えるとか、ロープが切れて失敗するとか、そんなことも起きなかった。だからその時点で兄の死は決定事項だったのだ。
今なら死体が蘇ってしまうなんてホラー映画みたいな出来事があるわけ無いとわかるけど、その時はずっと、それでも良いから戻ってきて欲しくて、ずっと心で叫んでいた。
でも、出来たとしても兄はそうしなかったか、とも思う。せっかく頑張って選んだ往き方で、やっと苦しみから開放されたのだから。だから、悔いなく、今心安らかに眠っていてくれていると信じている。