6ヶ月点検。今日は車。

待ち時間

点検時間40分+洗車30分くらいかな?

長いので過去を振り返ってみよう🎵




私が潰瘍性大腸炎になったのは、お嬢年長、お坊っちゃま年少の時かな・・・15年程前かしら?

便に血がまとわりついてる。
痛みもない・・・。何これ?

その当時ネット検索なんて簡単には出来る環境が我が家には無くて、本屋さんへ行ったりして自分の症状にあう病名を探した。

『直腸癌』これが一番あてはまっていた。

怖かった。

癌?

私、死ぬの?

まだ子供たちは小さい。こんなことでくよくよ悩んでちゃダメだ。

そうだ、病院へ行こう❗


行ったのは近所の内科。風邪などて何回かお世話になったことのある先生。
症状をそのまま伝えたら、何の検査も本当に何もせず

『大きな病院で診てもらいましょう。紹介状書きますね。』

後で大学病院の先生がその紹介状見せてくれたけどやはり

『直腸癌の可能性』と書いてあった。


潰瘍性大腸炎の方にはあるあるだろうが、検査前の下剤が本当に飲むの大変💦💦
当時はなおのこと不味かった😱
塩水飲んでるみたいで、下剤といいながら、嘔吐させて上からお腹の中を空っぽにさせる気?本気でそう思える不味さ💦💦

私が最後に飲んだ下剤はポカリをちょっと不味くした感じかな?
お陰でスポーツ飲料は熱でも出さなきゃ飲まなくなった。

色い検査して判明したのが

『潰瘍性大腸炎』

正直その頃出血以外の症状が出ていなかったので、

『なんだ~~癌じゃないんだ💕💞良かった❗』

潰瘍性大腸炎の恐ろしさなんて微塵も知るよしもない私は浮かれていた。

 初めて処方されたのは『サラゾピリン』

直ぐに副作用が出た。唇の輪郭に沿っての口内炎。

ペンタサに切り替えて、一先ず落ち着く。

薬を飲む以外何一つ変化のない生活。それがこれからも続くと思っていた。

数ヶ月後、潰瘍性大腸炎と言う名の悪魔が本性を表し始めた。

下痢が続くようになり、トイレへ行く間隔も回数も増えていった。

でも心の中で
『薬を飲んでいるんだから、大丈夫!』
どこから来るのか、わからない自信?思い込みがあった。

下血も酷くなり、渋り腹も酷くなり、貧血も酷くなり・・・。

子供たちのご飯を作ることさえ出来ない。

お湯を沸かしてカップ麺にお湯を注ぐ。
『ピピッてなったらお坊っちゃまと分けて食べてね。』
お嬢にこんなお願い何度したことか・・・。

そのせいかお嬢はカップ麺が嫌いになった。

その頃主治医から入院の話が出ていた。
子供がいるから・・・私の言葉に

『このままだと大事な子供たちをおいて死ぬことになるんだよ!』

涙が溢れた。そんな大変な状況に自分が置かれているとは・・・。それでも入院に踏み切れないでいた。

ある日起き上がれなくなった・・・。正確には起き上がるまでの時間にかなり時間を要した。

見かねた旦那様が病院へ、連れていってくれた。


主治医はお休み。
他の先生が
『今、ベッド空きがないから今日は帰ってもらおうかな』

私『帰って良いんですか?』

先生『ちょっと待って』

しばらく待たされて、

先生『帰せないや。入院してもらうよ。』


その日から3ヶ月初めての家族と離ればなれの長い入院生活が始まった。

入院当初、高熱が続き旦那様が主治医から覚悟をするようにと言われたそうだ。命が危なかったらしい❗

とんでもなく短くまとめたので、また今度追加訂正書くかもしれません😁💦💦


皆さま、無理しないで先生とよく相談して治療しましょう❗