昨日友人が遊びに来てくれて、久し振りにお坊っちゃまの事故当時の話なんかしました(友人は退屈だったかも💦💦)。

本当に久し振りに過去をゆっくり振り返った。その時『奇跡』に対する患者側と医療機関側の温度差も改めて考えさせられた。

お坊っちゃまが生きられたこと、これは奇跡に近いらしい。いろいろ障害も残ったけれど、これも奇跡らしい。昔で言う『植物状態』でもおかしくないほどの状況だったとか・・・これも奇跡と医療機関側は言う。

でも、私たち家族にとっては元の姿に戻ることがその当時の『奇跡』だった。

3ヶ月間私を見てはくれなかった開いたお坊っちゃまの瞳(目は開いているけど、意識は戻ってない)。
きっと『その時』がくれば何もかも元に戻って笑いあえる日が来るって・・・。それが『奇跡』だと思っていた。

現実は私たちの思う『奇跡』とは全く違っていた。でも、それを医療機関側は『奇跡』と言って喜んだ。

目覚めたお坊っちゃまは何も分からなくなっていた。いや、正確に言うと分かるものもあった。
ポケモンのカビゴンは分かっても、私が誰だか分からない。カビゴンに負けた母親・・・笑うに笑えなかった。

ひらがなも読めない書けない数字も分からない。

ある看護婦さんが言った。

『2歳~4歳だったらもとに近い所まで回復しただろうけど、障害負うことは避けられないので覚悟して』

その時は酷いと思った。酷いけど現実。

そんなか眠りから覚めないお坊っちゃまの病室で手術をしてくれた先生が

『医者の私が言うのは変かもしれませんが、これから先は家族の愛情だと思うんです。医学では説明できない回復をみせる方の側にはいつもの支える家族の方たちの愛情があるんですよ』って・・・。
あくまでも個人的見解で・・・と、付け足して。

この言葉があったから、私の事が分からないお坊っちゃまと向き合う覚悟が出来たのかもしれない。

私たちの思ってた奇跡は今後も起こる可能性は無くなった。でも、現在を受け入れることで前にも進める。進んでみせる❗

って、思っているのに😂😂
自分の身体が邪魔をたくさんしてくれた😂😂😂😂

もっとやってあげられたこともたくさんあったのかもしれない・・・。自分の病気が疎ましかった😱

今でも後悔ばかりで、ひどく落ち込む日も多々ある😂😂

でも!!お坊っちゃまが

『お母さん』

と呼んでくれる限り、小さな奇跡を積み上げてくれる姿を見せてくれている限り、私が負けるわけいかないので頑張るぞ👊✨