続きです。。。



まずはエコー。

エコー技師さんが全身くまなく診て下さいます。


その後、お部屋に再度呼ばれて先生からのお話。


「エコーで全身診た結果、

 ダウン症の可能性は低いです。

 もちろん可能性はゼロではないですが、

 手足が短い以外の特徴がありませんでした」


「そうでしたか


「ただ

 非常に危ない状況ではあります」



先生が仰るには、



・血腫が胎盤にまで広がっており、

 そのせいで胎盤がうまく赤ちゃんに栄養や

 酸素を届けてあげられていないこと。


・その少ない栄養や酸素を優先的に

 重要な脳に回しているために、

 末端の手足までいっていない。

 そのために手足だけが週数相当より

 こんなに小さいこと。


・胎盤がこのようになった場合、

 早産の危険性がある。

 いつ産まれてもおかしくない状況になる

 可能性が高いため、周産期母子医療センターへ

 転院したほうがいいこと。



上記をわかりやすくご説明いただきました。



ダウン症ではない。

でも、また新たな問題が

しかも非常に危険な状態。

頭が追いつきません。。。



この時点で19w

それからの数日は今後のことを旦那とじっくり話し、家から車で一時間半ほどの病院に

お世話になることにしました。



その病院(B病院とします)は

周産期母子医療センターに指定されており、

先生や助産師さんの数も多く、設備も非常に整っているため、とても人気の病院。


そのB病院に、早産になっても

赤ちゃんが助かる可能性が高い25週から

管理入院ということになりました。




それまでの約1ヶ月は自宅で絶対安静。

自宅から近い義実家にお世話になり、

トイレ、シャワー、食事以外はひたすら

横になっていました。



*****



とうとう25週。

私の場合、ハイリスク中のハイリスクということでMFICUに入院。


そこでまず、産科の先生方、助産師さん、

小児科の先生方、小児科の看護師さん達

総勢10名ほどから説明会が。



・胎盤の状態が非常に悪い。

 お腹の中で赤ちゃんが苦しいサインを

 出したらすぐに緊急帝王切開です。


・今の週数で出産になった場合の

 赤ちゃんに残る後遺症や障害の恐れ。


・一日でも多く日数を稼ぎたい。



上記のことを丁寧にご説明いただき、

改めて、自分が今どれだけ危険な状態かと

いうことを再認識させられました



ただ、私の中ではこれまで色々と悪いことを

言われすぎていて、

もう慣れてしまった部分もあり。。。

なるようになれーー!!!

という気持ちでした。



そんなこんなで、13回のNST

24時間2種類の点滴。

この上ない環境&サポートの管理入院生活が

スタートしたのでありました



日々、お腹の張りと戦いながら一日でも長く

お腹にいてほしいと願いながらの入院生活。


もちろん上の子に会ってたくさん遊びたい

という願い、自分への情けなさ等々。

いろんな思いが渦巻いていました。



クリスマスも年越しも病院でしたが、

もうそんなことは気にしません!


なんとか一日でも長く

お腹で育ってー!!!




そして約3ヶ月後。

25週で産まれるかもしれないと言われていた

我が子は、36w1dで帝王切開にて産まれました⭐︎


胎盤の状態が良くなかったため、赤ちゃんは

小さく1805g


それでも私達にとっては万々歳!!

先生方もよく36週までもったね!奇跡!!

とのお言葉。


赤ちゃんはNICUでお世話になりましたが、

お乳をよく飲んでくれたため、約3週間と

予定より早く退院することができました!



もうダメだと諦めかけたことが何度も

ありました

心が折れそうになったことなんて

数えきれません。

それでも、その日は必ずやってくるんだなと

実感させられた妊娠生活。



家族の存在、先生方や助産師さん方のサポート、

赤ちゃんの生命力。

みんなのおかげで起きた奇跡。



振り返ってみると、長いようで短かったかな。

(当時の自分に言ったら怒られそうですが)




おかげさまでそんな長女は後遺症や障害は

全く残ることなく。

110ヶ月になった今、体の成長も平均に

かなり追いついています。

よく食べ、よく笑い、よく遊ぶ

わんぱくガールです⭐︎



またまた長くなってしまいました

すみません。。。