3月16日~17日
オット殿の実家へ帰省。
病気のこと、流産していたこと
ようやく報告しました。
(この間すこしブログにも書いたけど)
泣かずに話せたし良かったかな。
オット殿のお母さんは72歳。
早く孫に会わせてあげたいのに
こんな病気になってしまい
しかも治ってからしばらくは経過観察…
妊活も年単位でお休みと思うと
その夜は悲しくて泣けてきたな~~
***
3月18日
休薬期間2回目の病院へ
血液検査の結果
hcgは59.3!
前回は210だからついに2桁!!
と私は嬉しかったのだけど
主治医のS先生はあまり浮かない顔でした。
本来はMTXを使ったなら
もっともっと下がっていてほしいのだそうです。
内診の結果も
腫瘤の大きさ、血流の多さにも変化がないから
期待したほどの結果が出ていないと…
なので、もう1度先生達全員を集めて
今後の治療方針について
話し合わせてほしいと言われました。
私の脳裏によぎったのは
『もっと強い抗がん剤に変わるんじゃないか』
というとてつもない恐怖心でした。
MTXより1つ強めの抗がん剤にすると
髪の毛は抜けるそうです。
その他の副作用もグーンと強く出てしまうそう…
私の病気自体が珍しいものなので
主治医の先生ひとりでは判断せず
婦人科の先生みんなで検討会をするのだそう。
3日後にもう一度来院することと
念の為に、家族の人も一緒にきてくださいと言われました。
オット殿のスケジュールを確保しなくてはなので
すぐに電話すると、とまどい声…
休めるか確認をすると
『正直当日になってみないとわからない』
としどろもどろ…
ここで私、キレてしまいました;
私が仕事にあまり行けないからお給料も少ないし
その分、オット殿が頑張ってくれてるのも
普段からとても忙しいのもわかってるけど
家族で病気で、治療方法が変わるかもしれない
とっても大事な時なのに!!!
と思うと腹がたってしょうがなかったんです。
はっきりしないオット殿に
「別に仕事をとってくれてもいい。
無理にこなくてもいい。」
とキツイ口調で言ってしまいました…
オット殿もさすがに察したみたいで
結局調整してくれることになったけど
この時治療方法が変わるかもしれないという不安で
気持ちに余裕がなかった私は
この先どうなるの?
こんな状況で夫婦で乗り切っていけるの?
とまで考えてしまいました…
気持ちが病むってこういう風に陥っていくのだろうなぁ…
この間に、今後についてあまりに不安だったので
切迫流産のころからちょいちょい相談にのってもらっていた
産婦人科医のお友達に連絡をし
今後の治療方法について相談をしてみました。
お友達は絨毛性疾患の研究で有名な病院に
自分の先生がいるとのことで
その先生に私の症状を話して聞いてみると言ってくれ
後日、その先生からの見解をメールしてくれました。
そこには
・胞状奇胎などの異常妊娠自体がそこそこ珍しく
さらにその後侵入奇胎になることも珍しい。
さらには正常妊娠だったのに
侵入奇胎になるのは極めて稀である
と書いてありました。
別の病院で「臨床的侵入奇胎」と診断され
この先生の病院にやってきた患者さんの中には
絨毛組織の遺残であることもあるそう。
(流産手術時の子宮内容物の残りということ)
内診した訳じゃないからなんとも言えないけれど
この先生はもう一度
ラミナリアで子宮口をよーーーく広げて
子宮内除去手術をやってみたいところ、という見解でした。
でも腫瘤に血流が豊富だから
もう1度MTXを投与した後にでも、とのこと。
その後の治療方針についても書いてあったので
ここは思い切って、この先生のメールを印刷して
主治医の先生に見せて
話を聞いてみることにしました。
そうしている間に主治医の先生からも連絡が来て
『hcgが下降傾向なので
やはりもう1クールMTXをやりましょう』
と言われました。
ふぅーーー
ひとまずは友達の先生と同じ方針でホッ。
やはりどの先生がみても同じ診断じゃないと
患者側からしたらなかなか前向きに
治療に専念できないな~と思いました…
嫌な顔されるかもしれないけど
やはり私の病気の診断や
今後の治療方針について、このメールをもって
主治医の先生に納得いくまで聞いてみよう!!