" KONGENS NEI "
監督 エリック・ポッペ
出演 イェスパー・クリステンセン *ホーコン7世
カール・マルコヴィックス
トゥヴァ・ノヴォトニー *王女マッタ
カタリーナ・シュットラー
あらすじ、ネタバレ御免
1905年(明治38年)6月 ノルウェーが スウェーデンから独立
国民投票により 立憲君主制が批准され
デンマークのカール王子(33歳)が 国王として迎えられた
1905年11月 新国王カールとマウド王妃(36歳)は
幼きオラフ王子(2歳)と共に ノルウェーに到着
カールは ホーコン7世と改名して戴冠した
実際の国政は 内閣と議会が担っており
国王の役割は 形式的なものだった
***
ラジオからのニュース
ノルウェー沿岸部に ドイツ軍の船が3隻 出現
1隻が撃沈された
地元の漁師か救出活動を開始した
1940年(昭和15年) 4月8日
王族御所、アスケー
雪の中 孫ハーラル王子(3歳)たちと遊ぶホーコン7世(68歳)
オラフ王子(37歳)が一大事を伝える
ドイツ軍のノルウェー侵攻が始まった
しかし
首相は外務大臣の言いなりで弱腰 軍を動員しそうもない
オラフ王子は不満
今こそ王室の影響力を見せる時
政府に王室の意向を伝えるよう父に促す
そんなことより
王子妃マッタ(39歳)はホーコン7世の腰痛が心配
***
4月8日 22:00
ドイツ公使館、オスロ
ラジオのニュースを聞マルコ公使と妻カタリナ
UKとフランス軍艦が ノルウェー海域に機雷を敷設した
狙いはドイツ船の 鉄鉱石の輸送路の封鎖
デンマーク海峡では 今朝 ドイツ軍の船が
100隻ほどの船団で 北上するのが確認された
軍艦は50隻 大型の軍艦も含まれる との報告もある
*
4月8日 23:30
オスカースボルグ要塞 - オスロの南方27km
外海の要塞が 国籍不明の艦隊と交戦したのを確認
奇襲攻撃か?
政府からの連絡はまだない
命令がないと砲撃できないが
とりあえず 全隊員を持ち場に配備
*
4月9日 00:00
王宮、オスロ
報告を受けるホーコン7世
ドイツ軍はフィヨルドに入った
*
ドイツ公使館
マルコ公使はドイツ軍将校から
ドイツに協力を約束する書類へノルウェー政府に署名させろ
と命じられる
協力の約束は実質上の降伏
ノルウェーは中立国 マルコ公使は気が乗らない
*
4月9日 04:20
外務省、オスロ
マルコ公使は外務大臣に会い
ドイツからのノルウェーへの要請を伝える
建前はUKの侵略からの保護
*
オスカースボルグ要塞
ドイツ軍と思われる船影を目視にて確認
1200mまで接近
要塞の司令官エリクセン大佐は
船籍の確認及び政府からの許可を待たず砲撃を指示
魚雷も発射
国籍不明船沈没
*
外務省、オスロ
外務大臣は他の閣僚と相談の上
ドイツへの協力を拒否
*
ドイツ軍の武力行使が始まる
4月9日 06:20
オスロ
ホーコン7世王宮から退避
家族と共に特別列車で ハーマル へ向かう
政府関係者もハーマルへ向かう
その間に ドイツ軍による空襲が始まる
*
4月9日 11:10
ハーマル駅 - オスロの北方125km
首相からホーコン7世に報告
主要都市(スタバンゲル、ベルゲン、トロンハイムなど)は占領された
ドイツと話し合うかは これから閣議で話し合う
ドイツはオランダにも同時に侵攻した
ホーコン7世の兄クリスチャン10世国王は
すぐに降伏した
ホーコン7世家族はセードリック邸を宿とする
*
ドイツ軍はオスロを制圧
ドイツ公使館
マルコ公使はドイツ軍の性急な武力侵攻には懐疑的
話し合いで何とかしたい
*
ハーマル
首相が辞任・内閣総辞職の意を表明
ホーコン7世は国王権限を発動 内閣総辞職を認めず
しかたなく議会は再開
ドイツ公使の申し出を受けるかどうか
交渉する が一応の結論
*
4月9日 18:40
ドイツ公使館
マルコ公使には何も知らされず 動きが慌ただしい
シュピラー航空武官はどこへ? ハーマル
指揮は誰? 空挺部隊の精鋭ヴァルター
目的は? お察しの通り
マルコ公使は警視総監から
政府が交渉を望む旨 伝えられる
ただし武力行為の即刻停止が条件
しかし
ドイツ軍に武力行為を停止する意思なし
*
4月9日 19:30
セードリック邸、ハーマル
ホーコン7世と家族はラジオで新首相?の声明を聞く
クーデター政権が樹立された
我々はハーマルから逃げた旧政府に代わり政権を担う
UKのノルウェー領海への機電設置を侵害とみなし
ドイツの協力要請を受け入れる
ハーマルにドイツ軍が迫り
ホーコン7世家族は逃げる
*
ミッツコーゲン、ハーマルの東方27km
クーデター新政権に組しないノルウェー軍
逃げるホーコン7世家族をドイツ軍から守るよう命令が出る
ホーコン7世らはミッツコーゲンを通過
*
ドイツ公使館
マルコ公使は クーデター政権を認めない
ドイツに電話
ドイツ外相に新政権と交渉しないよう働きかける
ヒトラー総督から直々に 王と直接交渉しろ と命令される
*
4月9日 21:25
ゴルデム邸、エルベルム - ハーマルの東方30km
ホーコン7世家族は宿泊の予定だったが
ドイツ軍がハーマルを通過
王子妃マッタは子供ハーラル王子らを連れ
スウェーデンへ逃げる
*
4月10日 00:30
ミッツコーゲン
やがて来るドイツ軍に備える若きノルウェー兵たち
ドイツ軍が来る
戦闘
*
4月10日 02:50
ニーベリスン、トリシル - エルベルムの東方60km
ホーコン7世とオラフ王子到着
ここに宿泊予定
*
ミッツコーゲン
ドイツ軍と戦闘を行っていたノルウェー軍退却
ドイツ軍もこれ以上の追跡を諦める
*
4月10日 08:10
ニーベリスン、トリシル
ホーコン7世とオラフ王子と
旧政府閣僚の話し合い
ホーコン7世がドイツとの交渉に望むべきか
前首相はホーコン7世に交渉に行ってくれと頼む
王様承諾
*
4月10日 12:30
エルヴェルム国民高等学校
ホーコン7世はマルコ公使と会う
マルコ公使は改めてドイツへの協力を要請
もはや ノルウェーを戦火から守るにはそれしかない
マルコ公使が総督に無断で出した条件は クーデター政権の排除
ホーコン7世は即答を拒否
ホーコン7世は決断を旧閣僚に委ねる
ただし
ドイツの要求を飲むなら王室を解体すると宣言し
暗に要求を飲むなと圧力をかける
旧閣僚はドイツに対する協力拒否を決断
*
4月11日 05:00
ヘッゲモーエン邸、トリシル
宿泊中のホーコン7世とオラフ王子
*
4月11日 17:40
ニーベリスン、トリシル
食事中のホーコン7世、オラフ王子、旧閣僚
ドイツ軍機襲来
激しい空爆開始
国王が要求を拒否したことへの 報復として
エルベルムとニーベリスに 空襲が行われ
1940年4月11日をもって ドイツとの戦争が始まった
王子妃と子供たちは 終戦まで米国に隠れていた
1940年6月7日 国王と王子はイングランドに逃げ
ノルウェーは その3日後に降伏し
国王は安全なロンドンで ドイツへ抗議し続けた
国政に介入してまで 抵抗を貫いた国王の態度は
民主主義国家にとって いかがなものか
1945年5月8日 ドイツ降伏
国王らはノルウェーヘ帰国
ホーコン7世は1957年の85歳まで王として生きた
その後 オラフ5世が継承し 1991年まで在位
現国王ハーラル5世は 祖父の信念を継いでいる
ドイツのノルウェー侵攻からの4日間を描く
スウェーデン政府と王の関係は
日本の天皇と同じ
王に発言権はない
政府に使われるだけ
ヒトラーに屈しなかったも何も
本来すべきでない国政へ介入し
ノルウェーを2ヶ月間戦火にさらした後
結局は降伏し 自分だけ国外に逃げた
日本で天皇が ぐずって
戦争を長が引かせていたら
今 どう評価されていたか
挙句の果て 日本から逃げ出していたら
原題は
"王様が拒否"
いきなり7世? オラフが5世 ハーラルは5世
気になってググりました
オラフ4世は1376年〜1387年のデンマーク王
1380年〜1387年はノルウェー王も兼ねる
ホーコン6世は1343年〜1380年のノルウェー王
1362年〜1364年はスウェーデン王も兼ねる
ハーラル4世は1130〜1136年のノルウェー王
オラフ1世は995年〜1000年のノルウェー王
ハーラル1世は958〜985年のデンマーク王
ホーコン1世は933年〜959年のノルウェー王
欧州の王族は
国を越えての姻戚関係が多い
デンマークの王子がノルウェーの王になったかは
ホーコン7世の祖父が
スウェーデン=ノルウェー王だったから
2016年 ノルウェー映画 136分 制作費80万ドル
・













