城山さとのいえ前の田んぼの様子を見に出かけた。
田んぼはまだ田起こしされてない。
田植えのポスター 6月13日 田植えだそう。
裏にある森と水辺に来ると涼しい
すぐ横の 旧柳澤家住宅
古民家は江戸時代後期に建てられたもの。
柳澤家は明治から昭和初期にかけて養蚕業と漬物業を営む。
屋号 たくあん屋といい 入母屋造り
くにたち郷土文化館へ移動
国立駅開業100周年記念 企画展 開催してました。
6月14日まで
以前、掲げてあった駅のパネル
地下1階で特別展示室が設けてあり、室内は撮影禁止でした。
このパネルは廊下にあったので。。。
富士土地のビル火災の写真
年の暮れ餅つきの際、煙突加熱で火災が発生したそう。
場所は、現在、大学通りにあるたましんのように見えました。
国立市は、大正時代の末期、箱根土地株式会社によって谷保村の北部の山林が開発された際、東京商科大学(現在の一橋大学)
移転や 分譲地の経緯など、昔の写真や
契約書や、国立の駅舎を設計しただろう方の経緯など
なかなか見たり、聞くことのない資料の展示がありました。
堤康次郎の学園都市構想
箱根土地は
谷保村の北部に広がる中央線南部の山林約100万坪を買い取り、広大な大学用地を確保、新しく駅を設置し駅中心に広い道を造り、大学中心の新しい町づくりを説きました。 大正14(1925)年、箱根土地は土地を取得して学園都市への道筋ができます。
中略
駅舎は箱根土地が造って鉄道会社に寄付する形をとり、
駅名は国分寺と立川の間にあるとして国立駅となります。
文化館から矢川おんだしへ
この水路横に アカボシゴマダラ を 発見
春は 赤い斑点色がなく 白化型だそう。
中国からの、特定外来生物。
関東で広くみられるとか。。。
モンシロチョウより大きいサイズでした。
クルミの木
まだ青いクルミの実
更に進むと
以前 谷保村は、神川県に属してたという碑が畑にある。
1868年(明治元年)
韮山県設置。上谷保村、下谷保村、青柳村、石田村が所属
まもなく石田村が神奈川県へ編入
中略
1889年(明治22年)
谷保村、青柳村、石田村が合併し「谷保村」に。
神奈川県北多摩郡谷保村
1893年(明治28年)
神奈川県から東京府へ移管。
東京府 北多摩郡谷保村
昭和26年(1951年)に谷保村から国立町
昭和42年(1967年)「国立市」が誕生
碑の前 ジャガイモ畑
すぐ横
「矢川おんだし」二列に並んだ流れが、
ほぼ直角に谷保分水に合流する
矢川が合流する谷保分水は府中用水と呼ばれる疏水の支流
真夏のような暑さの5月16日(土)午後
子供たちが水遊び
元気 元気
おんだし横のビニールハウスでは、朝顔市で販売される鉢が
置かれてた。
堤康次郎氏について、西武鉄道の創業者として有名だが
箱根土地という土地会社を設立し、軽井沢・箱根の別荘地開発
目白文化村や大泉・小平・国立の学園都市などの開発を手がけられた方と理解が深まりました。
又、国立駅周辺の昔の見た事の無い風景写真など
真夏のような日でしが、昔の事を知る楽しい散策でした。

































































































































































































































