初代インコさんの名前は「マルコビッチ」といいました。
でも、9年1ヶ月の人生で殆どを
「まるこ」「まるちゃん」そう呼ばれていました
それでも「まるこっち」とお喋りしてくれたのです。
本当にほんのチョットしか「マルコビッチ」とは呼んであげていないのに・・・
このお空の写真は、まるこが虹の橋を渡ってしまう4ヶ月ほど前のものです。
まさか、この写真を撮った時はそんなこと夢にも思いませんでした
私が2度目の、手術を控え、それが
予定より少し長めの入院になるので、
主人にお休みを会社から頂けるよう無茶を頼んでいました。
とても元気いっぱいで、水浴びも大好きな もうじき9歳の まるこ。
けれど日中一人ぼっちにしておくのは気がかりで仕方ありません
でも、主人が居てくれたら安心です。
主人からの電話で私の入院中、お休みを頂ける事がハッキリした時は、
安堵の気持ちがこみ上げ、とても、とても嬉しかったのを今でも覚えています。
そんな日の夕暮れ時に、こんなに美しいお空に出会えたので、記念に撮影したのでした。
今となっては別の気持ちで眺める写真となってしまいました
涙がとまりません こまったものですね。
私が、彼を一人ぼっちにしたくなかったのは
あの子が私をひとりぼっちから救ってくれたからなのです。
少し、おとぎ話のようで笑われてしまいそうですが、
そのことについて、次回以降
少しずつ綴れたらいいなぁと思っていますので、宜しかったらお付き合いくださいね。
私の名前はマルコビッチ
でもまるちゃんって、いつも呼ばれていたの。
本当はもうじき私は虹の橋を渡るのだけれど、まだ彼女には内緒
ちゃぁんと、元気になれるまで3ヶ月は必要なんだって だから・・・ね。
やっと、まるこ と普段通り過ごせるようになった頃、
あの子に残された時間はわずかしかありませんでした。
私が元気になるのを見届けるかのように、逝ってしまいました。
ごきげんそうに、囀ったりお喋りしたり
床に臥す日々をその声にどれだけ私は励まされた事でしょう!
けれど、あの頃の元気は、きっとウソだったのですね・・・優しい嘘 。
たったひと月で歩けなくなってお腹で身体を支え、ついにご飯を食べなくなり
お疲れ様 つらかったね。
こんなに頑張らせちゃってごめんね ごめん
こんなに大きな優しさを人間である私に与えて
虹の橋へと渡ってしまった小っさなあの子は
本当にインコさんだったのでしょうか。
早く気づいてあげられなかったことが申し訳なく、今でも苦しいです。
甘えてばかりで、まるこ ごめんね。
虹の橋をまるこが渡った朝から わが家では何日も何日もあの子が好きだった
シューマンの子供の情景より「異国から」が絶えず流れ続けました。