「あきらめた時にできる」に思うこと | アラフォー新米ママのつれづれ日記☆

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不妊治療を経て2017年6月緊急帝王切開にて出産。
ギリギリ39歳での高齢出産、アラフォーママです。

妊活をはじめてから、何度も耳にしてきた言葉。

「あきらめた時にできるもんだよ。」

治療経験のない友達や、看護師さん、ブログ、母親…いろんな人から頂戴しました。

私を想ってかけてくれた言葉だと理解している一方で、なんだかいつも悶々とした違和感だけが残ってたので、ちょっと考えてみることにします。

たしかに、「執着を手離すと願いが叶う」とか「忘れたころに欲しいものが手に入る」ということは実際にあると思います。

でも、お金と時間を心身を費やし薬を服用しながら、注射や診察など、たった一つの目的のための治療にコミットしている立場からすると、

「あきらめたら」できるのでしょうか。
状況によっては自然妊娠が望めない、したくてもできない人もいるかもしれません。

…だとしたら、たとえば

「あきらめなければ、きっと大丈夫」

って、かすかな望みを含んだほうが励まされる場合もあるのかも、と思うんです。

とはいえ、私自身、既にあきらめモードになりつつもあるのよね。ヽ(´o`; 
でも、完全にあきらめてしまうこと、治療をやめる決断もできなくって。

だからこそ、根拠のない「大丈夫」や「あきらめなくて良かった」という言葉が背中を押してくれることもあるのではないかと。

人に言葉をかけるって、なんて難しいんだろう。自戒をこめて。