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maruko balance

京都より日々のこと



ほぼ二時間置きの授乳なので、凄い寝不足が続いている~

睡魔にまけてしまい、更新がままなりませぬが・・・授乳について、授乳の合間に、只今、am2:44。

退院後一カ月がいままで人生の中で数回あったかなっかったかぐらい、精神的に参りました。


「入院中に10%体重が減少してしまった息子、それを補うのにミルクを足し母乳をあげる。」
それだけの事が、産後直ぐの私はうまく受け入れられなかった。
別に完全母乳いわゆる完母を目指していたわけでもなく、母乳とミルクと混合でぐらいに考えていた。
今後も夫や人に預けて自分を休めること、外出することもある、自分が風邪などで薬を飲む必要があったときのためにも哺乳瓶でミルクが飲める事が望ましいので、落ち着いてきたいまもあえて余分にミルクをあげ搾乳して哺乳瓶であげたりしている。
乳頭混同の危険性はあるし、バランスみながらだけど。

いま、何故あんなに追い詰められたのだろうと考えると、分娩も24時間がかりで寝てない&産んだ当日もくたびれてるのにハイで寝れない。三日間の入院中も帝王切開の術後の痛みと夜中の一時間おきに血圧測定で起こされ寝られず。

極端な睡眠不足と産前と産後のホルモンバランスが変わると聞いてたけれど、こんなに?!と思うくらい感情が変わった。
凄いイライラするし、一番世話になっているはずの夫の言動が応える。
後で友人にLINEで尋ねると、数人がそうっだったので、やはりホルモンバランスだったと思う。
ネットでも出てました「夫キライ病」(笑)気の毒ですが、理性が働かない、理屈じゃないんですよね、何かに操られた様になりました。
例えば、夫が子どもをあやしているのを見ても私から子どもを取ろうとしている、自分の事などどうでもよく血の繋がってる子どもが大事なんだ~と疎外感を感じて涙が出てくる~など。
私はアメリカで二人きりの出産&産後というのも余計に感情にきたのかもしれない。

こんなのいつまで続くの~と調べてみると母乳あげているあいだはプロラクチンというホルモンが発達しこれが出ている間はそうらしい。
ただ、今は随分なくなった。夫にも恥ずかしいけどこういう感情になると言うのを打ち明けたので、考えて振る舞ってくれているのかもしれない。

そして、情緒面ではなく実質的には、乳頭混同を避けるため、母乳をあげてからミルクをあげるのだけどミルク足しても直ぐに大泣き。
「母乳がほとんど出てなくて飲んでなくて、このミルク量じゃ足りない?」
母乳を含ませる、1時間ももたず直ぐに泣く、またミルクを足す~のループ。
病院で言われた量をはるかに超えてミルクがどんどん増えていく~

ある朝、夜中1時間置きの授乳が終わり、いまのうちにと朝ごはんを食べようとしたとき、夫が「いまミルクあげたらきっと飲むよ、クチをパクパクさせてるから」。

夫にすればただ単に、状況を教えたつもりなんだろう。
この言葉で堰を切ったように自分の中で堪えていた何かが崩壊した。
プツンと本当に音がした様だった。


どんな思い?

「飲ませないといけないのに、母乳が出ない~ミルクをあげる。
腹持ちのいいミルクの後の母乳は直ぐに空腹を呼んで、また欲しがる。
あげたいのに、飲ませたばかりで母乳は出ない。
もうこれ以上ミルクを増やしたくない。」
一時間ごとの授乳の前に10分ほど早く起きて蒸しタオルで乳房温めyoutub で見た母乳マッサージをする。
それでやっと滲んでくる母乳。。。

産後二週間、こんな思いに悩まされていました。

これは、「赤すぐ」にも「たまごクラブ」にも書いてなかったぞ(笑)

その後、ロサンゼルスで奇跡的に日本人の母乳マッサージをしてくれる人を夫が見つけてくれて、マッサージを受け母乳もでるようになり、今日一カ月検診でしたが順調に体重回復しています。

アメリカでは、入院中に助産師さんが授乳のケアに来てくれたりしないので、この点産後帰宅後に授乳ケアをしてくれるひとの確保は絶対にしたほうがいいですね。

そしてそのミルクです。
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アメリカの病院では、液体ミルクが推奨されています。
日本では液体ミルクは販売されてないのでちょっとビックリですが、粉ミルクを溶かす水の衛生を重視されているからとか。

これは、とっても便利です。

開封後一時間は常温でOK、その後は冷蔵庫で24時間。

さて、次の授乳が始まる~仮眠します。


今日で産後一カ月です。


このひと月、長かった~。


きっと、一生忘れないだろうひと月。



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この小さい手を眺めては、励まされて新米母さんは出ない母乳と格闘した一カ月でした。

やっと、気力体力が戻ってきた感じ。
ぼちぼち、更新できれば~。

帝王切開で、8/26 1:10  3060gでBOYが産まれた。

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《出産までの道のり》

8/25の午前12時を回って病院へ到着、
出産する自分の病室(LDR)へ行きドクターの回診を受ける頃に、ちょうど微弱陣痛が起こりだし、

ドクター「GOOD!微弱陣痛始まったね~、まだまだ子宮3cmしか開いてないけど」
1時間待って自然にこのまま進むか見ましたが、変化ないので
午前2時促進剤開始し、合計3本の促進剤の点滴。
ドゥーラーと一緒に点滴ぶら下げながら病院内を何度も散歩する。

14:30のドクターの回診で
ドクター「破水させたほうが良い」という判断でドクターにより器具を使って破水。
凄い痛いし、怖かった~えーん
促進剤を続けながら、破水させた事で陣痛は激しくなる。
やってくる陣痛の波を逃し18時間えーん
麻酔を使うと赤ちゃんが下がりやすい座る姿勢もダメになるのでギリギリまで頑張る。


20:00ドクターの回診。
「まだ子宮開きが4cmだから、もっと濃度の高い促進剤打ちます」
と言われ、開始。
とんでもない激痛がきて、直ぐに麻酔を開始。
22:30ドクターの回診
ドクター「麻酔をして痛み逃すとリラックスして一気に子宮口が開く場合もあるから12時まで待って開かなければ帝王切開しましょう」

ここまでで、18時間経過~18時間の間、自分のできる事は全てしたので、本当に最後までドクターも私の出産の意思を尊重し、寄り添ってくれました。
もっと早い段階で帝王切開と言われても仕方がなかったですが、もう、自分にも赤ちゃんにも負担なくという思いでスッキリ帝王切開へ進めました。


感想として、アメリカで出産を終えて本当に良かったと心から思いました。
ドクターとドゥーラーの巡り合わせも本当に良かったというのもあります。

自分達で、色んな局面でその都度選択しながら出産まで漕ぎ着けた事が夫婦としても絆がより一層深まったと思えました。

また、医療技術や医療体制がキチンと機能しているからこそ、緊急を要する帝王切開というのではなく、お産の流れから帝王切開に移った事が日本では難しかったのではと思います。

そして病院のスタッフがみんな優しい。
赤ちゃんが産まれたことを色んなセクションのスタッフが口々に
「おめでとう~!!!」と声をかけてくれ、産後の母の体もメンタルの変化にも、みんなが注視しケアしてくれます。

睡眠不足のまま、ブログ書いてますので、文章がわかりにくいかな(笑)

3人の生活がついに始まった~