大きい病院で検査を受けない

という選択をしてからも

ゆっくりと着実に歩行や言葉の衰えは進んでいった。

私の娘、つまり義母の孫の結婚式が

2019年の秋に行われたのだが

手を引いて歩くのがやっと。

本人の意思で車椅子は不要という事だったが

借りておけば良かったと後々まで思う。



このへんで、家族構成について紹介しよう。

夫は自営業

子供は四人とも成人し、二人は結婚して県外へ。二人は我が家に同居。

義父は13年前に癌で他界した。


夫は末っ子長男で

姉二人、一人はすぐ近くに住んでおり

もう一人も市内在住。

義母は元気な時には娘たちを頼っており

娘たちも当然のように我が家に出入りしていた。

だから、介護になっても協力してくれる人は

いると思っていたのだ。

今は笑うしかない。


2019年の症状はゆるゆると進み、

瓶の蓋やペットボトルの蓋が開けられなくなり、好きだった料理も立ち仕事がきついということでやらなくなっていた。

この頃までがゆるやかな坂道だった。

進行性核上性麻痺という病気だなんて事は知らないまま、2020年を迎えた。