秋と呼ぶにはまだ早く、残暑厳しい夜だ。
私は今、両脚を思い切り伸ばしている。これは日課である。厳しく険しい時間だ。苦行と呼ぶにやぶさかでない。
このきつい行為をなぜ私は続けているのか。この歳になっても続ける理由は遠い昔にあるのだ。
思えば37年前であった。高1の9月のことである。
硬式野球部をたった4か月でやめ、だらけた夏休みを送った私は重い足取りで学校へ向かうのだった。9月1日始業式の朝である。久しぶりに会った級友にいきなり「おまえ野球部やめたんだってな」と言われた。「なんだ続かなかったのかよ」と他のやつにも言われた。私は何も反論できなかった。なさけないがやむを得なかったのである。4か月という時間は己の能力を見極めるには十分なものであった。
私は何もすることがなかった。部活をやめると途端に自由時間が多くなる。しかし16歳の私には有効な選択肢を持っておらず、ただ中空を見据える日々が続いた。何もすることがない無為な時間の中で私の心はうめいていた。声なき声である。「大好きだったはずの野球をやめてしまった自分に何が残っているのか?誇れるものは何かないのか?」と。しかし答えは出てこなかった。野球という手段で自分をアピールするはずだったのに、中途で挫折し、自分の肉体に対して自信を持てなくなっていたのだ。体力も精神力も含めてである。
そんな私に一つの転機が訪れる。9月の体育祭であった。
(つづく)