あれはかれこれ45年ぐらい前だったろうか。
小学校低学年だった私は「はじめてのおつかい」をすることになった。料理番の祖母が風邪か何かで寝込んだのである。
そうなると順番でいけば母が料理を作ることになるんだが、彼女は大変料理が苦手であった。(そのためおつかいも料理も祖母が担当していたのである) おつかいが億劫な母は私に一枚のメモを渡した。「ここに書いてあるのを買ってきて」ということだ。
母としてはなるべく簡単にできるものがいいのである。おかずなど作らずに家族六人が一同に食べられるものがいいわけだ。皿洗いも簡単に済ませられるものが望ましいのである。
手渡されたメモには「バーモントカレー 1箱」とだけ書かれていた。幼い私は「これだけでいいの?夕ご飯この一品だけなの?」と考えることもなく、徒歩五分ぐらいのところにあるスーパーへ行った。祖母とよく一緒にこの店に行っていたので場所に迷うことはなかった。ところが私は店内で驚くべき風景を目にしたのである。たまに見かける女子高生のおねえさんが店内の一角にカゴを抱えて座り込んでいるのだ。とにかく血相を変えて細長い箱を一心不乱にカゴへ投入しているのである。私はその姿に目を見張った。彼女は棚の奥へ手を伸ばしひとつ残らず買いこもうとしているのだ。すると彼女の手がすべりそのうちの一箱が床に落ちた。私はそれを拾い箱の字を見たのである。「ハウスバーモントカレー」であった。するとおねえさんは私の手からしゃにむにカレーの箱を奪い取り、カゴに入れたのである。「あの~ぼくそれ一つ欲しいんだけど……」と言うと、キッと私を睨み付けそのままレジへ猪突猛進するのであった。棚を見るとバーモントカレーが置いてあったはずの場所はカラッポである。「あ~全部買っていきやがった、どうしよう」と思ったけれど、「まあカレーならどれも同じだろう」と考え、別のものを一個買っていったのである。しかしほどなくして私は家族から非難の目を浴びることになったのだ。私が買ってきたものは辛口で名高い印度カレーだったのである。
私のはじめてのおつかいは突然の乱入者により失敗に終わった。だがむしろそのことよりも記憶にあるのは制服姿でカレーをカゴに積み上げる勇ましきおねえさんである。彼女はきっと秀樹さんのファンだったのだろう。コマーシャルを見て、食べずにはおれぬと意を決してスーパーへやってきたのだろう。彼女の血走った眼は今思えばファン魂で燃える眼だったのだ。
歳月は流れ平成30年の今日、秀樹さんは永遠の旅に出た。私と同じか少し年上ぐらいの女性たちが見送っていた。あのカレーを買い占めた女子高生のおねえさんも参列しているファン女性たちとそう違わないだろう。私はテレビから流れるヤングマンを耳にして、ふと45年前の光景を思い出したのである。バーモントカレーを食べるたびに私は秀樹さんを思い出すであろう。
秀樹さん、どうぞ安らかに。そしてありがとうございました。