https://www.youtube.com/watch?v=M3GfrdvbqKw
ブラザーって名古屋にある会社で、英文ワープロ専用機を作ってたのね。もちろん、今は製造中止。
ミシンで有名な会社だけど、シェアは海外のほうが高いとか。
https://www.youtube.com/watch?v=M3GfrdvbqKw
ブラザーって名古屋にある会社で、英文ワープロ専用機を作ってたのね。もちろん、今は製造中止。
ミシンで有名な会社だけど、シェアは海外のほうが高いとか。
「シナリオ詮議」の章より。
山本有三「真実一路」は「シナリオ文学」だ。通俗小説、大衆小説がそうでなのある。
可能な限りの具象的描写、したがって心理描写に代わって行動描写が多く、地の文よりも会話で以って物語が進められ、場面はあわただしく転換するのである。(1937年)
http://www.amazon.co.jp/Closet-Screenplay-Iustinus-Tim-Avery/dp/6138045289
英語版Wikipediaをプリントしただけの本。
原案=俺、脚色=メルトン4世だろ? 誰だよユスティヌス・ティム・アヴェリーって・・・orz。
こんにち文学とか文芸と呼ばれている、「文章によって人に感興を引き起こす営為およびその産物」への新呼称。
「文学」は、「文芸を研究する学問」との区別がつきにくい。「文芸」でもいいのだが、文の「芸」だから「高級芸術(純文学)vs通俗芸能(娯楽文学)」という旧弊的な対立を招きやすいゆえに、これらに取って代わる名称が欲しい。
「文料」の「料」は「料亭」の「料」。つまり料理のこと。料理は「味覚の芸術」と言えるが、中村雄二郎の『共通感覚論』にならって言えば、視聴覚芸術(絵画や音楽)に比べ、近代では貶められてきた。1980年代あたりからのグルメ・ブームによって、こんにち「料理=味覚芸術」は多くの人々に受け入れられやすいものになっているだろう。
料理には、三度の飯のように「生存に必要な栄養の補給(実用)」という面と御菓子のように「純粋に味覚を楽しませるもの(興趣)」という面の双方がある。文学・文芸にも、「心の糧」という面と「美と快楽の追求」という面の双方がある。
料理の世界にも「高級料理店vs大衆食堂」のような尊卑の対立はあるだろうが、今まで「味覚」自体が貶められて きたので、しばらくは「戦友」的協調が見込めるだろう。
Literature=「言葉を材料とする料理」と考えて、「文料」を彼の語の新訳語としよう。「文学」が「小説中心主義=近代」的な文芸を表したように、「レーゼシナリオ中心主義=現代」的な文芸を指す語になってほしい。
北川冬彦の『シナリオの魅力』所収「シナリオ文学運動の将来性」の章によると、「シナリオ文学運動」が始まったのは、昭和十年(1935年)前後だという。そのころ既に芥川龍之介は『浅草公園』『誘惑』を書いて死んでいた(昭和二年没)。
「レーゼシナリオ」という語は、この「シナリオ文学運動」周辺から出てきた言葉だと思っていた。最近、北川の著作『純粋映画記』で、昭和十一年にはすでにその語があったことを確認した。土井美智子の論文 で芥川のシナリオ形式作品二篇が「レーゼ・シナリオ」と呼ばれていたが、その語が出来たのは芥川没後かな、となんとなく思っていた。
しかし、この語が芥川の造語である可能性も出てきた。
「芥川にならっていえば」というけど、何をならって言ったのか。「レーゼシナリオ」のことだろうか?これを書いた吉田精一という人はだいぶ後の人らしいけど、芥川の遺した何らかの文献にならってこの文を書いたと推察できる。だとすると、彼が死んだ1927年時点で、この語があった、そして、彼が作った可能性も出てくる。
ここに表示される文面だけではよく分からない。
「一一つのシナリオはまさにそれにあたるものであったとでも言うべきことばをつかって よいのならぱ、芥川のいうことばにならって、もし「レーゼ,シナリオ」とはより不安定であったはずである。レーゼ.ドラマとうに、ジャンルとして芸術的に独立の性格を示す条件 ...」
なんじゃこりゃ~?
北川著「純粋映画記」内のレーゼシナリオ関連の文章も、このサイトに表示されたのは、原文の各文の順序を入れ替えた支離滅裂な代物だったからね。
ま、いつ造語されたとかいう話はどうだっていいんだけど、今までは猪俣勝人が「レーゼシナリオに就いて」という論文を書いた1949年あたりが知る限りでの最古例だったんで、記録更新(というより「記録更古」か?w)できたので記しておこう。
(後記)どうも、勘違いだったようだ。>芥川造語説 orz
この文は、吉田のオリジナルではなく、久保田正文「最後のスタイル ―芥川龍之介のシナリオについて―」(日本大学芸術学部文芸学科研究室「宝島」五号 昭和四十年三月)からの引用らしい。
この文が、上記の「芥川龍之介全集11巻」に転載され、グーグル・サービス独特の「シャッフル副作用」によって、上記にコピペしたような文に変わり果ててしまった模様。
まだ、芥川造語説の可能性がゼロになったわけじゃないけど、とりあえず「バンザ~イ、無しよ」