12/24
クリスマスイブの日。
二度目の術後、92日。
一度目のバックリングからだと、117日。
久しぶりの診察です。
歪みと視力低下が残り、左右の目の見え方が違う、右目の見えるサイズがやや変形し縮んでいます。
そのため、左右差により毎日眼精疲労ですが、頑張って何とか仕事をこなしてきました。
メガネの調整、コンタクトなども含め、まだ検討の余地があるのではないか?
と期待をして前回受診時、メガネ処方箋を作ってもらう予約をしたので、今回は藁をも掴むつもりで、メガネ処方箋を貰い、メガネ屋へそのまま行くつもりです。
前回のブログで、
・矯正度(屈折率)の左右差、つまり不同視
・歪み(右目だけ)、つまり変視
への対策がメガネやコンタクトで可能なのか?
という考察をやりました。
見やすさは人それぞれ過ぎて、数値で揃えても上手くいくかは分からない、というところでした。
で、今回は、大学病院でのメガネ処方の検査ですので、そこそこ期待しています。
今日は初めての午後診察。メガネ処方は混んでいる午前は避けるようです。
午後なのにまあまあ混んでます…。
やっと呼ばれたと思うと、いつも通りの先ずは眼圧、視力。
その後、同じ部屋で、看護師?見習い医師?と、見え方の話をしながら検査。
私「右目は歪みと小視があるので、この今までのメガネでは辛いのですが」
医師「小視はメガネでは補正できません。右目の度数は0.8くらいまで出せますが、今より小視が酷くなってしまうので、お勧めしません。」
私「今のメガネで、まあ遠方見るのには、仕方ないと?」
医師「そうなります」
私「パソコンやスマホ見てると見え方が辛いのですが、老眼もあるので中近レンズが良いのでしょうか?」
医師「そうですね、その方向で試してみましょうか。」
と言って、レンズを差し替えながら、スマホやパソコンの見え方をその場で確認させてもらった。
私「左右でディオプターの差が大きい、2以上あるのでしょうか?」
医師「いえ、それほどの差はありません。やはり歪みによる小視で、メガネで補正しているから、見え方が辛いのではないと思います。」
確かに、見せてもらったディオプターは、
右目マイナス5.00
左目マイナス4.50
でした。右目はやや乱視もあります。
見え方の違和感、眼精疲労は、歪みによるものなので、どうしようもない…のか…。
しかし、中近のメガネテストは、1メートルくらいまでの距離ではピント合って使えそうな感じの見え方。
遠方は捨てて左も落としている、かつ、近距離で見ている、ので、左右の像の大きさの差は気にならなくなる方向か?
実際には、そのメガネで生活してみないと、何とも言えないけど、やってみるかな。
最大の右目補正→余計辛そうなのでやめた
左目の矯正視力を落として中近に特化→これでやってみる
さあ、あとはいつものエース先生の診察。
散瞳剤点眼し、眼底検査後に診察。
今回はかなり待った。1時間くらい。
先ずはいつも通り、目の奥、網膜の観察。
先生「問題ありません。ただOCT検査の網膜の下の水は変わらず残っています。」
私「そうですか、長くかかりそうですか。」
先生「はい。術後三ヶ月経ち、網膜は安定しましたので、経過観察はかかりつけ医に転院していただくことになります。」
私「え?」
私は困惑してしまいました。
まだこんなに歪みがあり、網膜下液も抜けないのに…。全く予想してなかった先生からのメッセージに、焦ってしまい、
私「まだこんな網膜下の液があるので、もう少し半年とか見ていただけないのでしょうか?」
先生「外来がパンクしているんです…。すみません。」
この時点で、私はかなり焦ってしまって、正直、しどろもどろに。
私「元々かかりつけ医なんて居ません…。飛び込みでこちらへ来たので…。」
ここで、同席していた妻が、近隣の先生の話をしていたのを思い出してくれて、
私「・・紹介状をこの大学病院から独立された近隣の病院へ書いて頂けないでしょうか?」
先生「近くに2つ眼科があります。どちらにしますか?」
私「それではU先生の方で、お願いいたします。」
先生「郵送しますね。」
私「今日で最後になってしまいましたが、夏に緊急で手術していただきありがとうございました。」
先生「また何か気になることがあれば来てください。」
私「はい。本当にありがとうございました・・。」
帰りにメガネ屋に行くことも、運転をしてもいいか聞くことも、全部、すっとんでしまった・・。
なんか、急に不安が襲ってきた。前にも書いたが、この病院と先生が、私のこの半分見えない目でも安心感を与えてくれていたんだと思う。
拠り所を失ったような気がして、不安になった。
帰りのバス、今回は初めて、別のルートのバスに乗った。メガネ屋に寄るため。
妻がいてくれているので、不安も減った。
仕方ないよね、大学病院が経過観察だけの患者を診続けたら、それだけで膨大な人数になってしまう。
エース先生は、ただでさえ、過労なことは私もよく見てきた。
医者って大変だな、と心から思っていた。
新しい先生は、同じ大学病院のご出身だとのこと、それほど高齢ではないこと。場所も大学病院に近いこと。
混んでいてもまあ、それは大学病院だって同じ。
また、新たな先生に、この網膜の状態を診ていただいて、さらに左目も大事にしていくため検査してもらって、
何とか暮らしていきたい・・。
とにかく、年齢と強度近視、そしてストレス。
網膜剝離はそれで起きる。
別に殴られたり、ぶつけたりしなくても。
2年前ぐらいから、仕事上のストレスが増大したので、それが原因だと思っている。
が…
片目でも生きている、車の運転もしている、趣味や運動もしている、そういう人も山ほどいる。
私は一応、両目だし、少しだけ回復の希望も残っている。
仕事も一応、何とかやれているが、またストレスの海に戻され、左目まで失うことのないように、
もっと自由な生活にしていく必要があると感じた。
仕事は命(身体)には代えられない。
もうすぐ年が明けるが、新たな課題、生活を変える、仕事のことももっと自由に、という発想をもって、2026年は進んでいこうかと考える。
皆様、よいお年をお迎えください。
しばらく、このブログはお休みさせていただきます。長らくのご愛読?ありがとうございました。
では、またいずれ。
