商売のスタート | まるいや社長 柳岡壮一の ひとりごと通信

商売のスタート

皆さん、こんにちは音譜



ランドセルのまるいや  柳岡 壮一ですニコニコ



毎日、全国から届く資料請求 のメールメール



本当にありがたい気持ちでいっぱいでございます。



まだ9月なのに、こんなにたくさんの方々がお子様へのランドセルを検討してくれて本当に感謝しております。



革の見本もお送りしていますが、ひとつだけ「コードバン」の見本が不足しておりまして、少々小さい革になっています。



もともと高価なところへ原油高騰で、さらに値上げ・・・



そんなもんですから、慢性的に不足してしまっています。



どうかお許しくださいね誠にすいまめーん



本当は、私もコードバンを大いに勧めたいのですが。。。希少な革ですのでそうもいきません。



ということで、今年はコードバンに限っては早い時期に無くなってしまう可能性もあります。



迷っている方がおりましたら、笠間市の営業所まで見学に来てくださいねあせる



笠間はこれからが見所満載の時期ですから!!



笠間観光とランドセル見学を兼ねて・・・



なんてね音譜



関東近隣の方なら大丈夫でしょう!



お待ちしてますひらめき電球





さてさて、今回も本題にひらめき電球



丁稚から故郷の茂木に戻ったわけですが、



当時は自動車もほとんどなく、田舎の山間の町です。



人口は約17000人位だったかなぁ~



そんな町ですから、当然お店に居てもお客さんなんかほとんど来ません。



母からは問屋の支払いが出来なくなっちゃうから店にいないで、行商に行っといで!



と、毎日おっ飛ばされます汗



でも、東京とは違い、店から出ても見えるのは田んぼと山ばかり・・・



「え~ どこに行って売ればいいんだ・・・」ガーン



あの途方に暮れた気持は、今でもはっきりと思い出します。



当時の茂木町は葉タバコの産地でした。



そのタバコ農家が山間部には散在していましたので、まずはそこを周ろう!



と、自転車自転車で訪問をはじめたわけです。。。



自転車と言っても、今のような軽い自転車じゃありません。



それに荷台には重~い呉服やら反物をたくさん載せてますから、さらに重いあせる



それに、道路は今のような舗装などなく「獣道」に近い道路ばかり



また、体力的に大変なだけではありませんでした。



当時の農家の収入は、収穫時期しか収入はありません。



ということは、なかなか現金では売れませんから、その収穫時期までは貸し売りです。



当然そうなると、こちらも資金繰りは大変メラメラ



店にいるとイライラした母に怒鳴られますから、やむなく自転車で行商へ・・・



とにかく売り続けなくてはいけない状態ですあせる



これが本当の「自転車操業」ですかあせる



雨の日汗も雪の日結晶も風が吹こう風が寒かろうが寒い とにかく行商ですDASH!



もう、こうなるとつらいだとかイヤだとか言っていられません。



朝が来ると、本能的に自転車にまたがっていましたねひらめき電球



今思えば、この過酷な経験があったから、この歳まで商売をやっていられるのかもしれないです。




やっぱり人間一生に一度は過酷な経験をしないと成長しないのかもしれないですね・・・



まぁ、そんなに偉そうなことは言えませんけどねべーっだ!



では、また次回ネタは尽きませんので、お楽しみにビックリマーク