私がお米作りを始めたいと思った理由は、
横田さん、加藤先生からのアドバイスも勿論ありますが、
もう一つ、大きな理由があります。
その理由がお米を作りたい!という決定打になりました。
それは、種籾!
昨年、横田幸介さんの肥料づくり講習会に参加してくださった 小松田勝美さん。
小松田さんは実はお隣の町の方で、お米の販売店様のご紹介でした。
無農薬米を作っていて、そのお米は凄く波動が高く、お味噌や大豆なども作っています。
小松田さんの作るお米は品評会で賞をいただいたこともあるとか!
そのお米を食べてみたいと、昨年雪が降る前に、友人と二人で買いに行きました。
するとお宅には、表彰状と一緒に収穫されたお米が飾られており、
お米の先端には
「 芒 (ぼう・のぎ)」といわれる細い線のようなものが付いておりました。
これは? と尋ねると、
実は東日本大震災の時、このあたりにも放射能が飛んできていたんですよ。
何故それがわかるかといえば、
その年の稲穂の先端10cmくらいがダメだったんです。
これはきっと放射能の影響だと思いました。
それでもいつも自分のところで収穫したお米を種籾として使っているので、
その種籾を植えたら、芒 があるお米が出来たんです。
毎年、自分の種籾を使ってお米を作っていたら、
だんだん「芒」の量が増えてきました。
この種籾は、もしかして、
縄文還りしたお米かもしれません。。。。
遺伝子を測定したことがなくて、断言出来ませんが。。。
━━Σ(ll゚艸゚(ll゚艸゚ll)゚艸゚ll)━━ン!!!
この種籾で作ったお米なら波動の高い美味しいお米を作ることが出来るかもしれない!
この種籾と横田さんが教えてくださる発酵肥料、
そして私の不思議な陶器 を使ったお米を作ってみたい!!!!
それが私がお米を作りたいと思った理由です。
先週16日、小松田さんがその種籾を持ってきてくださいました。
このブログを書くにあたり、「芒」のことを調べてみました。
すると面白い記事を発見!
縄文時代前期の遺跡からは複数のイネ科植物の遺骸であるプラント・オパールが出土している[3]。本格的に稲作が始まった時期は地域によって差があり、最も早いのは九州西北部で弥生時代早期にあたる紀元前9世紀からとされる[7]。但し、初期の稲作は用水路などの栽培環境が整備された水田では無く、自然地形を利用する形態で低湿地と隣接する微高地を利用していた[12][14]。水稲作の日本への伝来は縄文時代後期にあたる紀元前11世紀ごろであるという説もあるが[5]、
籾の先端には、しなやかな芒(ぼう)が発達する。芒は元々は種子を拡散するための器官であるが、栽培上不要なため近代品種では退化している。
子供の頃、稲作は弥生時代に伝わったと習ったような気がしますが、
野生の稲は縄文時代の遺跡からも見つかっているそうです。
そして、現代のお米は「芒」があると収穫の時に作業が大変なため、
「芒」の無い品種になった((((((ノ゚⊿゚)ノ
小松田さんの種籾の先端には、写真で分かるように、「芒」があります!!!
単純な私は、
これは縄文還りしたお米かもしれない!
もしかしたら放射能に強い???
と思って、
この種籾でお米を作ってみたい!!!
と、強く思い、お米作りを決めたのです。
不思議なもので、よしやるぞ!と決めたら、
田んぼを借りることや管理の事など、
兄が快諾してくれ、手伝ってくれることになり、
さらに、日常の管理のサポートを同級生に頼むことも出来ました。
肥料づくりは3月末から始まっていますが、
今は肥料の発酵温度の管理と、種籾の芽出し をしています。
毎日、温度を測って記録して(^^♪
そして24日は、種まきをします。
田植えはイベントにしようと思っておりましたら、
すでに参加表明してくださった方が多く、
みんなで手植えしようと今から張り切っています(^^♪
本当に沢山の方のお力をお借りしてのお米作りです。
皆様、本当にありがとうございます(^^♪



