自宅で生活しているときは、朝が苦手で。
できることなら午前中に用事は入れたくない感じだったのだが、入院して1週間もすると、朝6時ちょっと前には目が覚める。
そして元気だ。
消灯が22時という、ふだんではあり得ない時間帯に電気を消して眠りの体制に入るのだから、早起きできるのも当然と言えば当然か。

でも、ま、消灯されても22時にすっと眠りにつけることはほとんどないが、それでも脳や身体は休めることができる。

そういえば、自分でも意外だったのだが、病院のベッドの上では、あまり考えごとをしていない。
あれこれ思い悩んだり、くよくよ心配したり、というのがないのだ。

だって入院してるんだから仕方ないもーん❤︎

と、すべての責任を放棄している感覚。

 腹を括った?
 それとも、開き直り?

入院したばかりのころは、とにかく眠った。
検査とトイレ以外は眠っていた。
食事もしばらくは経鼻経管栄養だったので、栄養剤を注入している間も寝た。
全身麻酔の手術を受けたダメージもあるのだろうけど、脳がとても疲れていたんだと思う。

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入院するときの付き添いや手術当日の立ち会いなど、一般的には夫や娘がするそうだが、わたしはひとりで大丈夫だから、と、付き添いも立ち会いも断った。
ただ、手術にあたって同意書が必要だったので、それは夫に書いてもらったけど。

そしてコロナ禍にかこつけて、面会も遠慮してもらっている。

部屋も当初から個室を希望。
入院初日だけ4人部屋だったが、翌日の手術のあと個室へ移動。実に快適である。

とにかく、外界からのいろんな刺激をシャットアウトしたかった。

おんなじようなことを、10年前にも書いていた。


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いま、私の手元には、本とスマホとノートとペン。

静かな世界。


わたしのペースで生きられる世界。

わたしのことを一番に考えて、わたしがわたしのことを大切に取り扱う、優しい時間。

テレビも不要。


それでもスマホがあるので、ときおり友達からの連絡が入る。

わたしの入院を知らないひとからも連絡が入る。


のんびり返信。

過剰じゃないのが、ちょうどいい。


かと言って、わたしはひとが嫌いなわけじゃない。

コミュニケーションが嫌いなわけじゃない。


ただこうして、ときには静かな時間が必要なのだ。


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さて、お待ちかねの朝ごはん❤︎




空腹の身体にしみわたるー♪


洋梨、おいしい❤︎

好きな果物の上位に入る🍐


マイバランスminiは、二度目の登場「バナナ味🍌」、とても飲みやすい。


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エレベーターの音声案内。


「5階です」

これは以前から脳内で「誤解です」に変換されて、

「いえ!それは誤解です!」とエレベーターが焦っている様子が浮かび、ひとりぷぷっと笑っていた。


もうひとつ発見。

「地下階です」

と音声案内するエレベーター。

その建物は地下が1階しかないので、「地下1階」「地下2階」と区別する必要がなく、「地下階(ちかかい)です」と案内する。

この「地下階です」のイントネーションというか、言いかたというか、これがまた、

「ふかかいです」に脳内変換されてしまったのだ。


地下階に停まるたび、

「不可解です」

ちょっとムッとしたような、戸惑い気味のアナウンスをエレベーターが告げる。


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入院中というのは、自分で自分にやさしくするだけじゃなく、医師や看護師、病院のスタッフさんたち、みんながやさしい。


体温、血圧、酸素濃度を測り、体調を気遣われ、食事はぜんぶ食べられたか、便通はあったか、痛みはどうか、と、これでもかというくらい、わたしにフォーカスしてくれる。


それに対して、当たり前だが、わたしはひとつひとつ正直に答える。

そう、この「正直に答える」というのが、とても心地いいのだ。



「大丈夫?」と訊かれたら、

「うん、大丈夫」と答えてしまうクセが、いつの間にやら身についた。ホントは大丈夫じゃないのに。


「しんどい」って素直にいったら、

「なんで? どうして?」って怒られたし。


痛みを訴えても、気にし過ぎだと却下され。

つらいと言っても、あんただけじゃないと返され。

自己管理能力が低すぎる、病気になったのは自己責任だ、と睨まれた。


そっか。

共感されなかったんだな、わたし。


だから、自分のことは言わなかった。言えなかったし、言わないようにしていた。

言うと悲しくなるから。


入院中は病院関係者、みなさんがやさしい。


でも、舌癌になったことを周囲に言えば、また責められると思った。


ん? "また"責められる? 誰に?


(だから言わんこっちゃない)

(それ見たことか)

(自業自得)

(ワガママ言ってるからバチが当たったんや)

(面倒かけんといて)

わたしの頭の中で、これらの言葉がぐるぐる飛び交う。父と母の声だ。過去からの亡霊。


もう放っておいて欲しい。わたしのことは。

心を閉じる。


入院すると、外界から切り離され、閉じた世界の住人となる。

そこでは、自分の状態を正直に答えていい世界。

我慢したりせず、あるがままを答えていい世界。


それは、とてつもない安心感である。

病棟は、わたしにとって安全地帯なのだ。


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お昼前、外来の診察室で、担当ドクターの診察を受ける。

今日も先生、お休みじゃない。

頭が下がる。


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昼ごはん❤︎




回復が順調なので、いまの三分粥を来週からは五分粥に変更しようかと、担当ドクター。

でも、わたし、このとろっとろのお粥、けっこう気に入ってる。

下のほうに米粒たちが沈澱していて、上は重湯。

撹拌して食べてもいいのだが、この重湯がわたしは好きなのだ。


お椀を持ち上げ、たぷたぷと揺蕩う重湯を口に流し込む。


 口を糊す。

 糊口を凌ぐ。


という言葉が浮かんだ。

状況は違うけど、ああ、こういう状態のことなんだ、と理解する。


クロメバルの味噌煮は、弾力があって楽しい食感。

清汁(すましじる)の具材は、なんとそうめんを細かく刻んだもの。こちらは面白い食感だった。


食事のお供、メイバランスminiは、ヨーグルト味。

ヨーグルト味は何パックもわたしの身体に入っているが、ずっと鼻チューブからの注入だったので、

「おお、おぬしはこういう味であったか。舌では味わえんかったが、しっかり風味は感じていたぞ。あのときは本当に世話になったのう」

と、我が手にあるメイバランスに、今日もお礼を言った。


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夕ごはん❤︎




なぬ? この細かく刻まれてとろっとしているものが、なんと八宝菜とな?

見た目ではわからないが、食べると確かに八宝菜の味がした。すごいねぇ。


南瓜の煮物は定番のおいしさ。

ねっとりとしていて、大満足の食べ応え。


濃い緑の上に黄色が乗っているのは、小松菜の錦糸卵がけ。まあ錦糸状ではなくみじん切りだけど。


そして、ついにきたよ♪ 缶詰のみかん♪

これを見て、あー、あれは夢だったんだ、と腑に落ちた。

というのも、夢でみた缶詰のみかんは、その原型をとどめていたから。

実際に出てきたのは、みじん切りー❤︎

ゼリーみたいで、缶詰のみかんのみじん切りは、けっこうおいしかった!

(※実際には3/12(日)の夕食で缶詰のみかん(原型のまま)を食べています。ボケていました😅)


食事の最後は、メイバランスminiのコーヒー味で締める。


たいへんおいしゅうございました!

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20時過ぎ、娘から連絡。

できれば電話で話したいとのことなので、通話が許可されてるエリアに移動。


「無理してしゃべらなくても、いいよー💦

 返事は、うん、うん、だけでいいよー💦」


と気遣ってくれながら、20分ほど話した。


娘、とてもうれしいことがあったので、聞いて欲しかったとのこと。

いろいろ話してくれて、わたしもうれしい。

♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪