久々に、実に久々に、母親から電話がかかってきた。
電話してくるなんて珍しいことなので、
(緊急!? なにかあったのか!?)
心臓がきゅっとなる。
でてみると、なんのことはない。
くだものをたくさんもらったからお裾分けしたい、と。
それと、孫であるわたしの娘にお小遣いも渡したいから、と。
まあ、半分は口実であると思われるが、、、。
とにかく、実家のほうへ来てく欲しいとのこと。
----
新型コロナで自粛期間だから。
まだまだ気を緩めてはいけないから。
高齢者や持病を持っているひとに感染させてはいけないから、、、というのを理由に、実家への訪問を避け続けていた。
----
電話の途中で、
「ちょっとお父さんに代わるね。久しぶりに声を聞かせてあげて」
と、父へ受話器を渡す母。
「もしもし、、、」
まだ父はしゃべれる。
というか、声を聞くだけだと、まだまだ元気そうだ。
ただ、わたしが誰であるかは、わかっていない。
----
「お元気ですか?」
「痛いところなど、ないですか?」
というこちらからの投げかけに、当たり障りのない定型文が敬語で返ってくる。
「いやまあ、おかげさまで、元気でやっています。そちらはいかがですか? そうそう、最近は飲みに行くこともなく、おとなしいもんですわ。わはは」
おいおい。
最近は飲みに行ってないって、いつの話をしてるんだろ。
自嘲めいた冗談のつもりか?
父は、10年以上前に完全リタイアし、
「毎日が日曜日だ」
と嘯き、当初は、のんびりと昼間っからビールを飲んでいた。
悠々自適をきどっていたんだろう。
しかし、6年前くらいからだんだん認知症の症状が出始め、それからは通院以外ほとんど引き込もているというのに。
父はいま、どの時代まで遡っているんだろう。
----
父に電話を代わるとき、母が何度もわたしの名前を父に伝えるのだが、父は、
「それはどこの誰のことだ?」
と少々険しい声で聞き返していた。
(つづく)