「禅に関するもの」の書庫に入れているものですが
こちらにも入れておきます。

○
青山常運歩

以前、ネットの”禅について”トピで、東山寺の和尚さんの
指導を受けていた時のものを入れて置きます。


私の和尚さんへの質問

○
だいたい、「悩みそのもの」のとき理解できなかった 
禅語録も以前よりはわかり始めた気がするのですが、
たしかに、”舌頭たたわわと云います、木人まさに歌い石女立って舞うです。”
等は理解しがたいです。理解をはずさないといけないのでしょうか。

「青山常運歩」等や「山水経」も手のつけようがありません。
ご指導願えたらと思います。
(このあたりが「近似値ではおもしろくない」という所以でしょうね)


和尚さんの返答
まるちゃんへ tozanji
(63歳/男性/新潟県東山寺)  1999年9月16日
10時37分 

 そうですか、やっぱりいろんな事があったんですね、
この法ただのくせにただじゃあ手に入らないんです。
溺れる者がやっとつかむ藁みたいなとこがあります。
せっかくの藁を無慈悲に取り上げるのが、私どもの商売だったりして。
だからバイオさんに怒られたりしています、いえ空っことでした。

 東山水上行じゃなかった青山常運歩でした、これね理想的なこっちゃないんですよ、
見たとおりなんです、自分というものがわずかに失せるでしょ、
すると山河っきりになっちゃうんです、自分という支え(もと架空のものです)が
消えるもんだから、ふわぁと伸び上がったり、かってに動き出したりします。
三つの子の月動くか雲動くかに近いんです、もしその情景をお知りになりたいなら
雪舟の絵を見るといいです、雪舟は日本画人唯一人、無心という本来心から
絵を書いた人でした、よく現れています。

 山水経は見たとおりというより、聞いたとおりといった方がいいかな、
目で聞き耳で見るっていいます、自然と言う世間という客観的なものは
存在しないんです、

あるもの山水経。 
 
これは marucyan1 さんのMsg 65に対する返信です