とくかく日本を脱出したい。そんなYokoさんはアメリカ、そして中国へ・・・Yokoさんへのインタビューの続きです。
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>アメリカから帰国後、精密機械のメーカーへ転職されたんですね。
はい、日本の本社で3年勤務しました。その後、中国の子会社(金型工場)で通訳をしてくれという話があって、駐在員として蘇州へ行きました。日本語と英語の通訳として行ったんです。メインの顧客がアメリカ企業だったので、社内の日本人の橋渡しとして。中国語を話せないというハンデを持っていたので、あちらの生活は大変でした。
半年後に営業部長になりましたが、金型の知識などはほとんど初心者レベルだったのでこれもまた大変でした。金型と成形の勉強を一生懸命しましたよ。そんな中、工場が赤字続きで何かおかしい ということで日本本社からメスが入りました。中国での横領が発覚したんです。そして、私が改革リーダーに任命されました。副社長という肩書きも持ち、改革リーダーとして徹底調査を行って不正社員を摘発して欲しいと言われました。引き受けるしかないと思いました。
調査していけばいくほど、いろんなことが浮上してきましたよ。誰と誰がグルになって、いくら着服されていたかがわかってきました。外部業者と結託して、工場内材料をどんどん運び出していました。通常門番が部外者のセキュリティーチェックするのですが内部の悪い中国人の指示で全てフリーパスでした。良識のある社員は不正をわかっていたのですが、前中国人副社長が命令をしていたので、何も言えなかったようです。そうして一部の悪いメンバーが連携し結託して、請求書も水増しされていることが分りました。その他数えきれない程の損失を合計すると何億円という単位です!
脱税も発覚しましたので税務署に対する弁明もしなくてはならず冷や汗ものでした。場合によっては数年投獄されるばかりか、金額によっては死刑になるらしいのです。工場の建物自体も手抜工事をして何千万円も業者からピンハネされている事が分りました。このような事はもはや犯罪なので中国公安に工場内の取り調べを依頼しました。これらを本社にレポートしたところ、もちろん、横領に関係していたメンバーは全員解雇されました。
>ものすごい話ですね。精神的にもきつかったのでは?
まさしくそうです。20人くらい解雇され。改革は成功したけれど、もう危険な状態。解雇された社員の恨みの矛先は私に向かってきます。殴られるくらいならまだしも、命の危険もあると言われ、弁護士にはボディガードを雇ったほうがいいとさえアドバイスされました。結局は、ボディガードを雇う代わりに、信頼のおける社員達と常に行動を共にしていました。
とても危険な任務を終え、精神的にも疲弊していたので中国での2年の勤務を経て休職しました。
>その後は、どちらで働いたんですか?
ちょうど同じグループ会社のイギリスの子会社から連絡があり、イギリスの仕事オファーを受けました。
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さて、イギリスでのお仕事はどんなものだったのでしょう?まだまだ、Yokoさんのお話は続きます!