ある夜目が覚めると

 

シルバレッド王子がベッドの横に立っていた

 

何も言わない

 

ただ訴えかけるように龍炎を見つめている

 

「お前の父ドッド王の命乞いなら聞かないぞ」

 

シルバレッド王子の返答は無い

 

それどころか顔色一つ変えない

 

「そうでは無いのか」

 

彼は何も言わない

 

「いや、言えないのか」

 

これは脳が作り出した彼の残留思念或いは霊の類だろうか

 

王の命乞いで無ければ何を伝えようとしているのだろう

 

龍炎は次第にこれが夢であり自分はまだ覚醒していない事を自覚する

 

このようなことは元の世界で何度かあった

 

明晰夢の類だろうか

 

龍炎はシルバレッド王子との違いによって

 

しばしばこのような拒絶反応を起こす

 

今回のように夢で反応が起きるのは初めてだが

 

その可能性は低くはない

 

明晰夢は元の世界でもよく見た

 

異世界召喚に異世界転生を間近で体験すれば

 

嫌でもこれがただの明晰夢ではない事は認識できる

 

シルバレッド王子は何か知っているのだろうか

 

龍炎は突然召喚されて彼と融合する事になった

 

シルバレッド王子も意味がわから無いまま体を奪われて魂が追い出されてしまった

 

もしその事実を知ったなら龍炎を恨んでも無理は無い

 

だが目の前のシルバレッド王子は龍炎を恨んでいる様子はない

 

まるでその日が来ることを覚悟でもしていたのだろうか

 

「全てを知った上で身体を明け渡したなど考えられないのだがな」

 

或いは目の前の彼は本物のシルバレッド王子ではなく

 

龍炎が作り出した虚像か、魔物が作り出した幻影とも考えられる

 

「精神攻撃の類なら無駄だぞ、私に精神攻撃は通用しない」

 

しかし目の前の存在は反応すらしない

 

もし魔物の類なら何かしらのアクションをする筈だ

 

と言うことは目の前の存在はシルバレッド王子本人の魂か

 

シルバレッド王子の脳が作り出した彼の残留思念である可能性が跳ね上がる

 

「お前は一体私に何を伝えようとしているのだ」

 

こう言う場合何かを見落としている可能性が高い

 

元の世界でも龍炎は幾度もこう言う場面を体験してきた

 

その都度何を見落としているか再検討してみると

 

とんでもないスコトーマを発見する

 

視点を変えてみよう

 

いまドッド王を退位させるべきでは無いのか

 

「ドッド王を生かすのは難しい」

 

そう言うと何故かシルバレッド王子は微笑みを見せて消えた

 

「考える事に意味があると言う事だろうか」

 

違う可能性という刺激を受けば

 

聡明な龍炎は新たな景色も見えて来る

 

「なるほどドッド王は何か重大な情報を隠し持っていると言うことか」

 

その秘密は龍炎の召喚の理由と関わりがあるのかも知れない

 

この可能性が高ければ

 

今消えたシルバレッド王子はこの世界の神託である可能性も浮上する

 

しかしドッド王は口を割らないだろう

 

意志の強い者は厄介だ

 

龍炎も元の世界で意志の強い者に何度か出会っている

 

強い信念に突き動かされて生きている人たちは

 

あらゆる誘惑をものともしないで真っ直ぐに生き抜いて行く

 

龍炎は元の世界で学生時代にこういう奴らによって手痛い思いをしたことがある

 

「こういう奴らは何処までも愚か者になれる恐ろしさがある」

 

損得抜きで自分の信じる事を成し遂げようとする

 

そんな奴らがある日、龍炎の前に立ちはだかった

 

知略を駆使して徹底的に叩きのめしたのだが

 

心が折れることは無かった

 

寧ろ闘志を燃やして何度も挑んできた

 

その都度叩きのめしたのだが諦めることもなく付け狙われた

 

奴らは自分が正義で龍炎を悪だと信じ込んでいた

 

悪を懲らしめるために命懸けで挑んでいる感じだ

 

そのうち彼らの直向きな生き方に心打たれた者たちが味方になり

 

少しずつ龍炎は追い詰められて行く

 

全ては奴らの誤解から始まった濡れ衣なのだが

 

悪評が広まり

 

結局多勢に無勢で冤罪のまま悪者として殆どの学生から追い詰められることになる

 

しかし奴らは龍炎を徹底的に断罪することはしない

 

寧ろ許して受け入れようとした

 

「元はと言えば奴らの誤解による冤罪なのだが」

 

当時の龍炎には人間の心が欠落している為

 

悔しいとは思わず、素直に負けを認める事で奴らの仲間入りをして

 

その後知略で彼らを助けることにした

 

龍炎にしてみればこういう勝ち方もあるのだと新たな発見をした事になる

 

それに敬意を払いこの気づきへの対価を支払うつもりだった

 

「まぁ世の中は理不尽がデフォルトだから気にするレベルではない」

 

当時の龍炎は彼らと敵対するより味方に引き込む方が有益だと判断した

 

しかし彼らは実に割に合わない事を当たり前のようにする

 

その結果、常に不利な立場に立ってしまう

 

だから知略で幾度も窮地を助けることになったが

 

龍炎の活躍として捉えられて学校での龍炎の印象も変化した

 

彼らは常に正しいことの為に不利な立場を買って出ている変人達であるが

 

その真っ直ぐで直向きな生き方に心打たれる生徒が続出した

 

そこへスッカリ改心した龍炎が彼らのために尽力しているのだから

 

多くの生徒達は龍炎に好感を抱くようになったようだ

 

学校の理不尽や生徒達の理不尽に対して解決策を講じた程度なのだが

 

まるで龍炎が生徒達の苦しみの元凶を解決しているように見えたのだろう

 

一見何の見返りの無い無意味な行為であったとしても

 

それが後々別の方面で自分を助ける事になる可能性も見えてきた

 

つまり、正しい事をする行為はそれ自体は割に合わない行為だが

 

後々自分を助ける可能性の種を蒔いている事になるのだろう

 

この大学の卒業生たちの殆どが後々ドラゴナイトと呼ばれた

 

龍炎を攻撃するもの達から龍炎を守るドラゴナイトとして立ち上がってくれた

 

また龍炎のこの割に合わない行為によって

 

何より冤罪で付け狙っていた奴らは龍炎を絶対的に信頼するようになった

 

今雪辱戦をすれば間違いなく一網打尽に出来たが

 

卒業するまで奴らの正義ごっこに付き合うことにした

 

そう言えば世界的な成功をして深淵と対峙することで幾度も窮地に立たされた時

 

奴らが損得抜きで援護射撃をしてくれたことを思い出した

 

彼らを中心に当時の大学の卒業生たちによって龍炎を援護するもの達が立ち上がり

 

それに龍炎のファンも加わり、後々龍の盾と呼ばれるようにな集団になった

 

勿論その集団で中心的に龍炎を守るために活動してくれたのは

 

大学生時代の正義感の強い奴らだった

 

「間抜けな奴らだが、少なくとも心根は良い奴らばかりだったな」

 

シルバレッド王子の感受性で振り返ってみれば懐かしい気持ちになる

 

「マスコミに叩かれ世の中に悪評が蔓延した時でも、奴らは最期まで味方で居てくれたなぁ」

 

龍門寺楓の助言で彼らが困った時にはその都度助けて来たが

 

「なんだ手痛い思い出としての記憶がシルバレッド王子の感受性で振り返って見れば、良い思い出に感じてしまうのだから不思議だ」

 

龍炎はちらりと脳裏に浮かんだシルバレッド王子の姿を見つめた

 

「成程、ドッド王は困った性質はあるが少なくともこの地域の戦争を終わらせた」

 

彼は決して悪人では無いのだ

 

「正義感で相手を許せないのは情に厚い一面がある可能性は高い」

 

元の世界の奴らがそうであったように

 

ドッド王は正義感が強すぎるのかも知れない

 

とは言え

 

ドッド・フィール王を生かして貴族達を助ける方法など思いつかない

 

龍炎は見上げると夜空になった

 

流石は夢だ部屋の設定が見上げるだけで夜空に変わった

 

次の瞬間気分は最悪になる

 

「ドッド王のような正義感に取り憑かれた人間と私は相性が最悪だ」

 

知略で叩きのめすことは出来るが

 

それでは意味がない

 

アルフォード第一王子の心が届く可能性は非常に低い

 

調べた限りでは捕らわれている貴族達は気持ちのある者たちばかりだ

 

気持ちを重視する者は知略に欠ける事が多い

 

結果的に神官たちになりすました敵国の工作員に取り込まれてしまった

 

巻き込まれたと言った方が近いかも知れない

 

しかしドッド王は裏切りと捉えていて

 

彼は裏切りを決して許さない

 

龍炎は何度もシミュレーションしたが

 

何れもドッド王を処断する結論に辿り着く

 

今のアルフォード第一王子の案なら

 

どんなに策略を巡らせても、ドッド王はアルフォード第一王子を処刑するだろう

 

ドッド王は自分の命を犠牲にしても己の意志を貫く

 

この性質はアルフォード第一王子も受け継いでいるようだ

 

「私にはこの親子の心を変える事は出来ない」

 

同時に不器用なアルフォード第一王子もまたドッド王の心を変えられないだろう

 

龍炎は再び星空を見上げた

 

幾たの違う角度で検討してみても

 

今状況を好転させるには

 

ドッド王と戦うしかない

 

「シルバレッド王子にとっては実の父親を殺すことになる」

 

彼が転生者であったとしてもドット王は彼の実の親である

 

それでもアルフォード第一王子を殺させるには惜しい

 

結局ドッド王を生かしておく道を見つけられない

 

ドッド王は例え命を落とすことになっても決して人に屈服はしないだろう

 

損得勘定で心を動かせることもない

 

正義感に取り付かれた者に心理戦は難しい

 

付け入る隙がないからだ

 

アルフォード第一王子もそうだった

 

龍炎は元の世界での口癖を遂に口にする

 

「まったく喰えない奴らだ」

 

途端に自己嫌悪が襲ってくるシルバレッド王子の感受性だ

 

拒絶反応は葛藤と言うカタチで龍炎を苦しめる

 

「人間の心と言うものは不自由だな、楓」

 

何故か龍炎の口から楓の名前が響いた

 

「そうだった、私が人間の心を求めたのは楓の思いに対する気持ちが出発点だ」

 

しかし彼女とのことは

 

元の世界での過去の出来事で

 

その楓はこの世界の何処にもいない

 

今更人間の心を手に入れたからと言って

 

彼女の思いに応えてやれる道はない

 

とは言え、シルバレッド王子の身体を乗っ取り融合している以上

 

嫌でも人間の心が育ってしまう

 

「死の間際とは言え一時的な感情に流されるものではないな」

 

合理的な龍炎はどうにもならないことを嘆くことなど労力の無駄だと判断した

 

その分の労力を自分の未来へ先行投資する方が有益だと切り替えたのだ

 

頭の切り換えが早い龍炎は途端にシルバレッド王子の気持ちをも手放して

 

ドッド王を倒すことにした

 

しかしドッド王は強い

 

恐らく龍炎一人では勝てない

 

彼は自ら全戦に立ってこの地域の戦乱を治めた歴戦の勇士でもある

 

アルフォード第一王子もまた彼と共に戦ってきた

 

そして恐らくドッド王は彼よりも強い

 

アルフォード第一王子より何十年も前から戦場を勝ち抜いてきている

 

「スゥオール師匠と二人で勝てるだろうか」

 

龍炎が元の世界で最初に思い知ったのは

 

頭の良さや持っているスペック以上に

 

体験から学び経験に変え実力にしてきた人物たちだった

 

こういう人物は実践経験から独特の勘や機転を獲得していて

 

綿密な計画で追い詰めても

 

とんでもない荒業で逆襲に遭う事が多かった

 

まして幾多の戦場を勝ち抜いて来たドッド王なら

 

魔力の差などものともしない戦闘を仕掛けて来る可能性は高い

 

ふと龍炎はある事に気が付いた

 

この地域の戦を終結させて、まだ数年しか経っていない

 

十代のアルフォード第一王子も戦場で戦績を積んでいる

 

となれば、スゥオールも戦場で戦ってきたのではないか

 

「祭司長でも戦うのだろうか」

 

次の日の朝目を覚ますと早速スゥオールに聞いてみた

 

「勿論祭司も戦場に出るが殆どは後方支援だ」

 

「それだけの魔力を持っていて後方支援とは考え難いけど」

 

「俺か、俺は特別に軍を指揮して戦ったが、どうも人との関りが苦手でな、貴族の兵士共は言うことを聞かない」

 

結局スゥオールは単独で戦って勝ち抜いて来たらしい

 

「辺境伯領の攻撃を迎え撃った時ジンガイたちの話によると、ほぼ一人で戦って蹴散らしたと聞きましたが本格的な戦でも一人で戦ってこられたのですね師匠」

 

「まぁ最初は多勢に無勢で命からがら逃げることも多かったが、その都度学習して一対多数の戦い方もあると言うことを学んだ」

 

この人もまた体験から学び経験にして実力をつけて来た猛者(もさ)の一人だ

 

これなら勝てる可能性は跳ね上がる

 

そこで龍炎はドッド王を倒す計画を話してみた

 

流石にドッド王を殺すと言った時スゥオールは戸惑った

 

憎い相手ではあるがシルバレッド王子に実の父を殺させたくはないようだ

 

「王殺しは大罪だ、辺境伯はお前に傾きつつあるが王に対する忠誠心は強い、その王を殺したとなれば、お前に従うことは難しいだろう、囚われた貴族たちもどうするかわからないぞ、奴らもドッド王に対する忠誠心は強いからな、お前に仕えるとは思えない」

 

「ちょっと待ってください、まるで私がこの国を簒奪(さんだつ)する前提の物言いですね」

 

「違うのか、しかしそうでもしないとこの国はで生き残れないぞ」

 

「何もこの国だけが全てではありませんよ」

 

「どこかの国へ亡命するつもりか」

 

「私は常々冒険者となり様々な国を渡り歩きたいと願っていました、この目でこの世界を見て歩きたいのですが、良い機会を得たと思うのです」

 

「しかし二度とこの国へ戻って来れなくなるぞ」

 

「この国への未練はない、師匠も無いでしょ」

 

「俺か、まさか俺について来いと?」

 

「まさかか弱い10歳の子供を一人で行かせるつもりですか」

 

「俺と同等の魔力持ちがか弱いとは笑わせる」

 

「それでドッド王の命と引き換えに恨みを相殺して私と一緒に旅をしてくれますか」

 

「王殺しの罪を背負い貴族とこの国を救うか」

 

スゥオールは腕を組んで考え込んでから

 

「もう一度言うが、二度とこの国へ帰ることは出来ないぞ」問いかけた

 

龍炎はスゥオールを見つめながらゆっくりと頷く

 

「わかった」

 

スゥオールは恨みを晴らせば間違いなく家族のもとへ逝くだろう

 

その方が彼にとって幸せかもしれないが

 

シルバレッド王子の感受性は彼を生かしたいようで

 

その衝動が龍炎を強く駆り立てる

 

そこで別の未来と可能性を彼に示すことで

 

生きていても良いと思わせる道へと誘うことにした

 

そしてスゥオールは乗って来た

 

勿論龍炎の狡賢い策略をスゥオールはお見通しだったが

 

シルバレッド王子の気持ちは伝わっている

 

そこでその策略に乗ったようだ

 

こうでもしなければスゥオールはドッド王を殺した後自害して果ててしまうだろう

 

これは龍炎の彼をこの世に繋ぎ止める苦肉の策だったに違いない

 

ところが次の日

 

異常事態が起きた

 

ドッド王が幽閉している貴族の処刑を宣言して即日処刑が決定したのだ

 

つづく

 

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あとがき

 

長くなったので途中で切ってしまいました(=◇=;)

 

いよいよ次回このエピソードの結末に辿り着きます

 

基本的に良い所でつづくというのは好きではありません(=◇=;)

 

本当に面白い話ならこのようなテクニックを使わなくても

 

また読みたいとなると見ていますが

 

未だ残念な実力なので

 

テクニックとしてではなく

 

単に一話で纏められなかったのです・・・(。_。;)゜:。アセ 

 

出来るだけ、良い所で続くはしないように頑張ろう( ̄‥ ̄)=3 フン

 

まる☆