考えてみれば、生まれたての赤ん坊の頃から

 

シルバレッドという王子に仕えていた乳母のような存在なのだから

 

ひと目見ただけで自分が偽物であることを察知しても不思議ではない

 

母親は自分の子を見間違えないと聞いた事がある

 

それは乳母も深い関係性を築き愛情で付き合っていたなら

 

それくらいの精度で見分けることができるかも知れない

 

これでは彼女からシルバレッド王子のことを聞くことは厳しい

 

咄嗟に彼は記憶喪失のフリを続けた

 

「すまないが私が何者か私自身認識していない、記憶をなくしているから」

 

「これは失礼しました」

 

「そこで君にはシルバレッド王子の事を教えて欲しいのだが構わないだろうか」

 

「それは問題ございません」

 

龍炎はこうも考えた、彼女が勇者召喚のことを知っていた場合

 

城の庭から魔法陣によって召喚に巻き込まれた際に別の魂と入れ替わった事を

 

正直に話す事で、彼の魂を取り戻す可能性を仄めかすことで

 

彼女からシルバレッド王子に関する情報を教えて貰うことも出来る

 

彼女に裏切られる可能性も皆無ではないが

 

彼女も守役としての責任があるから

 

もし不運な事故であったとしてもシルバレッド王子が既に亡くなっているとなれば

 

彼女の責任は免れないだろう

 

一国の王子のことだ彼女だけでなく彼女の家族にも責任を取らせることも考えられる

 

だから彼女はシルバレッド王子が亡くなっていては困る筈だ

 

彼女を取り込む口実になるのではないか

 

とはいえこの世界の責任の取らせ方についてはまだ理解できてない

 

だから言葉は慎重に選ぶ必要がある

 

「ところで、あなたは私を何者かと言ったがそれはどういう意味なのですか」

 

「申し訳ございません」

 

「責めているわけではありません、純粋にその理由を知りたいだけです」

 

「シルバレッド王子様が記憶を無くされている事を失念しておりました」

 

彼は少しばかり違和感を覚えた

 

「正直に話しては貰えませんか」

 

不思議だが自然と敬語が口から出ている

 

「これは生前彼が彼女に対して敬語で付き合ってきた名残ではないだろうか」

 

心の中で言うと、少し様子を伺うことにした

 

「シルバレッド王子様が赤ん坊の頃から疑問に思っていた事なのですが、生まれたばかりなのに何もかも見透かしている感じがして、物心つく前から子供なのに子供のふりをしているように思えてなりませんでした、召喚事件がある少し前に覚悟を決めて伺いました」

 

「それで私は何と答えたのですか」

 

「はぐらかされましたが、それ以来私を警戒して心を閉ざしてしまわれました」

 

「それであなたは余計に怪しく感じられたのですね」

 

「はい、でも悪意はないのです、ただ本当の事を知りたくて、そしてお力になりたくて」

 

どうやら自分を偽物だと気がついた訳ではないようだ

 

それにしても、シルバレッド王子とは底が知れない

 

同時に彼女は乳母のような愛情でシルバレッドを思っている可能性を感じた

 

「成る程、ですが今の私は私の正体の記憶がありません、そこでその記憶を取り戻す為に私のことを生まれた頃から今に至るまでの事を詳細に教えて欲しいのですが」

 

「勿論協力しますわ」

 

「ありがとう」

 

彼女はもじもじとして何か言いたげに見えた

 

改めて彼女を見れば乳母にしてはあまりにも若い

 

「女性の歳を聞くのは失礼かも知れませんが教えて頂けませんか」

 

「26歳でございます」

 

「それで私は今年何歳になるのですか」

 

「丁度10歳になられます」

 

「それではあなたは16歳の時から私に仕えてくれていたのですね」

 

「そうですが、別に珍しい事ではありませんよ」

 

16歳にして乳母として働くことが当たり前の世界なのだとすれば

 

16歳で子供を産むことも当たり前の世界ではないだろうか

 

「実のところ自分自身の記憶だけでなく、この国の常識も忘れてしまっているようです」

 

「それは悲しい事です、シルバレッド王子様は聡明でいらしたから、ですが」

 

言いかけて彼女は黙った

 

「正直に話してください、どんな些細なことでも私に関する事なら全て話して頂ければ記憶を取り戻すきっかけになるかも知れませんから」

 

「そうですね、実は前々から思っていた事ですが、シルバレッド王子様は本当はフェンシード王子様より賢くていらして、でもフェンシード王子様に気兼ねしてわざと頭が良くないふりをされていらしたように見受けられます」

 

シルバレッド王子が王位継承というリスキーな毒林檎を避けている可能性が濃厚になった

 

10歳にも見たいな子供がその後の未来を予測していたとなれば

 

彼女のいうように相当頭の良い子だったに違いない

 

彼はシルバレッド王子に興味を持った

 

そして自分の子供の頃の事を少し思い出す

 

聡明なことが必ずしも幸せに繋がるとは限らない

 

龍炎家には跡取りがなく神童と噂された彼に目を付け金で彼を買った

 

「私は子供の頃から親の愛情を感じた事は無い、結局奴らは金で私を龍炎家へ売り飛ばしたのだ」

 

金で買われたのもシルバレッド王子と同じ歳の頃だろうか

 

勿論養子縁組ではなく龍炎家の唯一生き残っていた後継者が亡くなったのだが

 

龍炎家は財力と権力を駆使して

 

彼と龍炎家の後継者をすり替えた

 

つまり彼の本当の戸籍は病死として記録され

 

龍炎家の後継者である慎也は生きている事になっている

 

彼の本当の両親は彼には関心がない

 

だから彼は親子の関わる筈の時間を読書に費やした

 

ゲームで遊ぶことなく勉強した、特に会社の経営学についての本を読み漁った

 

小学生で経営学の本を熟読しているのは早く大人になり自活したかったからだ

 

彼の実の両親は仕方なく育てている

 

そのため口には出さないが自分が厄介者だと思われていることを感じながら

 

日常生活を送っていたから出来るだけ早くその家を出た方が良いと考えた

 

小学生では何も出来ない、成人まではこの冷たい牢獄にいるしか無かった

 

ところが、家を出るチャンスは意外に早く訪れた

 

彼ば龍炎慎也と入れ替わることで待望である愛情のない家族と縁が切れたのだ

 

しかし

 

龍炎家もまた自分を利用する為だけに当主の龍炎統吉氏が亡くなった孫と入れ替えた

 

替え玉に愛情を注がれる事はない

 

龍炎家を存続させるために利用されただけに過ぎない

 

「それなら自分も利用するまでだ」

 

龍炎統吉が亡くなると家督相続の争いが起きたが

 

死者が出るほどの苛烈な相続争いに彼は打ち勝って生き残った

 

この世界の王族も王位継承問題はそれに近いのかも知れないと彼は考えた

 

10歳にも満たない子供にはその現実を認識出来てしまうというのは過酷だっただろう

 

シルバレッド王子が彼女の言うように聡明な頭脳の持ち主であった場合

 

過酷な王位継承争いに巻き込まれる可能性に苦しんだかも知れない

 

そして王位継承を破棄するように動いていたとしても不思議ではない

 

「あの」

 

「なんでしょうか」

 

「今までのように私をリフティーナとお呼びください」

 

「そのように呼んでいたのですね」

 

「はい」

 

貴族の令嬢にしては彼女は正直な性質をしているように見える

 

今にも泣きそうな顔をしているからだ

 

余程深くシルバレッド王子を愛していたのだろうか

 

自分の疑問を投げかけることで関係が崩れてしまった事を悔やんでいる様子だ

 

それなら記憶を失くしている事を利用して

 

今の自分に取り入れば良い事だ、貴族ならそれくらいは考えたに違いない

 

しかし彼女は正直に話した、それほど彼女にとってシルバレッド王子が大切なのだろう

 

「嘘はつきたくない」という事だろうか

 

そんな純粋な彼女を騙して利用しようとしている

 

今までそんなことで心を痛めるようなことは無かった

 

この体のせいだろうか

 

これもシルバレッド王子の記憶の名残りだろうか

 

だとしたら体が心に影響を与える場合もあるということになる

 

彼は心の痛みを覚えた

 

「思ったより体の影響は大きいという事だろうか」

 

だとすればDNAの影響は心にも左右すると言える

 

心と体の因果関係のことはわからないが

 

心の状態、魂の状態とDNAには何かしらの因果関係があるようだ

 

ということは、自分の魂がこのシルバレッド王子のDNAと適合した

 

そう考える方が自然だろう

 

そうなれば、シルバレッド王子が自分と類似した性格をしている可能性は高い

 

彼も人間の心を持って生まれて来なかったのではないだろうか

 

彼は首を大きく横に振る

 

それなら、リフティーナという侍女を利用することに対して

 

心の痛みなど感じる筈はない

 

少なくともシルバレッド王子にはまだ人間の心を持ち合わせていた可能性は高い

 

「私は彼の影響下にある、そのまま人間の心を学び身につけることは可能だろうか」

 

龍炎は心の中で呟くと医局の室内の窓の外へ視線を移した

 

夕暮れは影を長くさせて日没を知らせている

 

医局の診察と検査で記憶喪失以外の異常が見られなかったため

 

そのまま暮らしている居城へ案内され

 

リフティーナは自室へ帰して一人で部屋の様子を観察してみた

 

部屋の様子からシルバレッド王子をプロファイリングしようとしたのだ

 

理路整然としていて物がほとんどない

 

侍女たちが毎日掃除をしている可能性もあるが

 

30畳はある部屋に家具も必要最小限しか置かれていない

 

声が反響してエコーでもかかっている位に空間だけが広がっていた

 

引越しの為にモデルハウスではなく家具一つない部屋へ入った事がある人なら

 

自分の声が壁などに反響してエコーが掛かったように聞こえる状態が理解できるだろう

 

「生活感が感じられない部屋だ、まるで楓と結婚する前の私の自宅とそっくりだ」

 

間違いなくシルバレッド王子は彼と類似した性質を持っている

 

次の瞬間目の前に見知らぬ男が現れた

 

瞬間移動のような魔法だろうか

 

彼は跪いている

 

「お前は何者だ」

 

「本当に記憶を失くされておられるのですか」

 

彼はゆっくりと頷いた

 

「では少々複雑な気持ちではありますが自己紹介させて頂きます」

 

気がつけば彼の後ろに3人の人影が見える

 

「私の名はジンガイと申します、元は世界中を荒らしまわっていた盗賊の頭目をしておりましたが、貴方に盗賊団をいくつも潰され直接対決にて敗北し、今は改心して貴方の配下になり密偵団を組織して世界中の国々へ密偵を送り込み情報を入手してあなたに報告しております」

 

「私がお前を倒したのか」

 

「貴方の魔力は魔王に匹敵するかと」

 

「私はまだ10歳になったばかりだ」

 

「私もこの目で貴方をみるまでは信じられませんでしたが、実際に戦いその強さを思い知らされました」

 

「力で捩じ伏せたということだろうか」

 

「いえ、私どもはあなたの生き様に惚れ込みました、このジンガイ、力で捩じ伏せられる位なら自決します、敗北を知り自決しようとした私を助けていただきました、そして私の能力を世界の為に生かさないかと、悪さの限りを尽くして来ましたが、そんな私を世の中のために生かす道を与えていただきました、ここにいるものたちは貴方の為なら命すら投げ出すでしょう」

 

「私は記憶を無くしている」

 

するとそこにいた者たちは涙を流した

 

「1日も早く記憶が戻られることを祈ります」

 

その言葉に嘘はないようだ、どんな経緯でこの者たちがシルバレッド王子に

 

これほどまでの忠誠心を持ったのかは分からない

 

その時彼は胸に熱いものを感じた

 

これもシルバレッド王子の名残の感情だろうか

 

「体にも脳とは違う記憶装置のようなものがあるという論文があったようだが」

 

彼は心の中で呟きながらシルバレッド王子の感情を身体が覚えていて

 

今の自分へフィードバックしている可能性を感じていた

 

またシルバレッド王子は魔王に匹敵する魔力を持っているようだ

 

ますますシルバレッド王子は底が知れないと彼は冷や汗をかいた

 

もしかすると彼は転生者なのではないだろうか

 

そして自分がその転生者の体を乗っ取ってしまっているとしたら

 

転生者の身体を乗っ取った召喚者ということになる

 

これでは自分がこの世界で何を果たすべきなのかわからなくなった

 

つづく

 

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あとがき

 

異世界ものを私が描くとしたらどんなものを描くのか

 

最初に浮かんだのは、召喚者でありながら転生者という複雑な立場の主人公

 

人間の心を持たない男を主人公にしたらどうなるだろう

 

世界観も複雑にしてみる

 

ただ魔王を倒して世界を救うという使命ではなく

 

一筋縄では行かない難問を投げかけられている

 

また主人公は元の世界から異世界へ召喚されるまでの記憶を失くしている

 

記憶を失くしていること自体自覚がない

 

自分のチート能力もわからず、やるべき役割、使命も覚えていない

 

ただ元の世界の記憶だけは残っている

 

などなど次々に浮かんでワクワクして来ました

 

ただ物語の進展の遅さに辟易(へきえき)しています(=◇=;)

 

私は盛り込み過ぎだとか、駆け足過ぎだから

 

もう少し落ち着いてじっくり話を進めた方が良いという助言を

 

かなりの頻度でされます(=◇=;)

 

ゆっくり話を進めているものの

 

ストレスが溜まってしまいますね∑(-x-;)

 

そこで少しばかり次回から

 

本来の私のペースで物語を描いてみようかと思います(ノ´▽`)ノ ⌒(じっくり)

 

まる☆