雨が降り続いている

 

大樹の根に覆われた魔王ザッドの城に集まった魔物たちは

 

毎日泣き明かしていた

 

ランドはどうすることも出来ず、ただ見守るしかなかった

 

それにしても、か弱いと思っていたこの魔物たちが

 

強大な魔力を持っているなど思いもよらなかった

 

恐らく本人たちも自覚が無く、魔王ザッドもその事実を知らなかったかもしれない

 

しかしランドは知っている

 

どんなに強大な力を持っていても

 

その使い方次第では何の役にも立たないことを

 

これは父ブラスト将軍が対デッドランド戦でそれを証明していた

 

恐るべき化学兵器を持ったデッドランドに対してこれを無効化する術がいくらでもあること

 

殺戮兵器と呼ばれたネオホムンクルス部隊ですら人間の兵士で壊滅させてしまった

 

その時自分も捕虜となった

 

「この子たちは、争いを好まない、本当にやさしい魔物たちだ」

 

それだけに戦うことを拒絶する可能性は高い

 

万が一戦いになれば、全滅させられてしまう可能性は高い

 

統治すべき魔王がいない今この時が最も危険な状態だと言える

 

少なくとも亜魔王種はそのことを知っている

 

万が一ここの魔物たちの魔力を知れば利用しない筈はないだろう

 

魔王に比べて魔物たちは亜魔王種の能力に対する抵抗力が弱い

 

誘惑に負け心理操作や場合によっては精神支配される可能性もある

 

ランドは首を横に振ると

 

精神支配は亜魔王種最大の魔力の行使だから使う者の命は無いだろう

 

数を減らしても行使する可能性もあるが

 

狡賢い亜魔王種がそのリスクを背負ってまで、ここの魔物たちを支配するだろうか

 

これだけ純粋な魔物たちを心理操作するのは難しいだろう

 

知能は他の魔物とは比べ物にならないくらい低いが故に返って心理操作にも引っ掛からない

 

知能が発達しているものほど、亜魔王種の心理操作や心理誘導に引っ掛かりやすい

 

亜魔王種ですら想定外なほど、知能が未発達なここの魔物たちは

 

返ってそれが亜魔王種たちに対して強みとなっている

 

恐らく魔王ザッドの留守中に何度も心理操作や心理誘導を試みたに違いない

 

しかしできなかったのは魔王ザッドの魔力のせいばかりではないかも知れない

 

使えない魔物だと認識すれば、亜魔王種は間違いなく根絶やしにするだろう

 

亜魔王種が臆病であることは、脅威を感じる相手を片っ端から殺そうとする性質から伺える

 

臆病者程、謀略を持って脅威を感じる相手を葬り去ろうとするものだから

 

魔王ザッドの魔物たちは亜魔王種の謀略によって葬り去られる可能性は高くなる

 

魔王ザッドから託された魔物たちを守ってやらなければならない

 

「しかし、俺はどうして大切な者を守れないのだ」

 

ランドは一度も大切な存在を守れた試しがない

 

ゴッドランド国戦役においては勝利を手にしてきたものの

 

彼が最も大切に思っていた親友マルカスト元帥も守れなかった

 

ドルトエルン国の友人たち

 

父ブラスト将軍とハスラン領主に兵士たち、親友だと言ってくれたランディスにマーリア

 

マーリアは自力で復活してくれたが、彼女を守れたことにはならない

 

そしてもう一人の父魔王ザッド

 

こんな自分が果たしてここの魔物たちを守ってやれるのだろうか

 

これでは自分が大切に思うとその相手は必ず死んでしまう

 

そんなジンクスを信じ込んでしまいそうになる

 

程なく自分もこの世界から消えるだろう

 

それまでに、この魔物たちを引き取ってくれる魔王を探さなければならない

 

ランディスの後継者であるアーシアによる損傷も助けて

 

ランドは自分がそう長くないことを自覚していた

 

崩壊は既に始まっている

 

ラスティは国際合同会議に釘付け状態で

 

ナタルはマーリアを助けるために受けたダメージが深刻で未だに回復していない

 

今彼を救える唯一の存在はリュエラだけだが

 

彼女もまた魔法使いと魔術師たちの国の為に働き詰めである

 

ランドは元々リュエラをあてにはしていない

 

寧ろ消滅する運命を受け入れているようだ

 

「心残りがないと言えば嘘になるが、俺が生きている理由も今では希薄になってきている」

 

彼自身自分が生きることに対する執着心がそれほどないのだ

 

崩壊することは仕方がないと諦めて、それまでに今はこの魔物たちの行く末に道を探し出し

 

生きて行けるように導いてやらなければならない、そのことだけに集中していた

 

彼だけが自分の価値を認識していない

 

またそれほど重要視もしていないようだ

 

これが俯瞰で自分を見ることのできる性質を持った者たちの欠点でもある

 

自分の生死に対してもまるで他人事のように捉えてしまう

 

生きることに対する執着心も希薄で、それは単なる自然な現象としてしか捉えていない

 

マーリアも彼と同じ性質を強く持っているが

 

彼女は人間の世界に戦を無くす目的に執着しているため生きる道を選択した

 

例え人間で無くなっても、人間の勇者でなくなっても、新しい生命体となってでも目的を果たす

 

しかし、ランドは彼女ほど強くこの世界に執着する動機が無い

 

大切に思う者の殆どを失ってしまった

 

「ここの魔物たちが生きて行ける道へと歩き出させるまで持ってくれれば良い、それでも充分執着心と呼べるだろう」

 

彼が執着心と呼べるものは、それくらいである

 

ただでさえ生きることに対する執着心が希薄な彼を

 

大切な者たちを守れなかった後悔と罪悪感が更に生きることへの道を阻んでいる

 

常に自分の様な存在がこのまま生きていて良いのだろうか

 

その思いが彼の生きることへの執着心を希薄にさせているようだ

 

だから、自分の死後、魔物たちにリュエラやリーザ、シーラン師匠、そしてテーシー女王への

 

伝言を託している

 

そしてシラスター王へ

 

これは彼の遺言と呼べるだろう

 

死後の段取りすら彼の聡明な頭脳は明確に描いている

 

しかしそんなランドも、ここの魔物たちがそんなランドの心をダイレクトに感じて

 

何とか生きて欲しいと願い泣いていることには気が付いていない

 

亜魔王種より遥かに強力に心を読み解く魔王ザッドだからこそ

 

ここの魔物たちの気持ちを汲み取って来られたが

 

この魔物たちはランドが思っている以上に自分の気持ちを他者へ伝える能力が欠落している

 

その分仲間同士ではテレパシーのような魔力で繋がっていて

 

瞬時に感じ取って共感する魔力を保有している

 

それがまたこの魔物たちの言語能力を未発達のままにしている原因になっているのだから

 

何が災いになるかわからないものだ

 

魔物たちは驚くほど鋭敏に他者の心を感じ取る能力が発達している

 

そのためランドの本質的優しさとまっすぐで純粋な心を感じ取るたびに

 

大好きでたまらなくなる

 

魔物たちはランドに生きて欲しいと願っている

 

あまりにも思いが強いため感極まって言語化できず、ただ涙が止まらない

 

ランドは聡明であるが故に感覚的に相手の心を感じ取る能力が弱くなるため

 

そんな魔物たちの気持ちを感じ取れないようだ

 

この時もしこの魔物たちの気持ちを感じ取ることが出来たならば

 

或いはランドが生き残る道もあっかも知れない

 

ユーラゼレード国へ留まって、リュエラに今の自分の状態を告知して

 

崩壊を阻止できる道を切り開かせることも出来ただろう

 

しかし、ランドは魔王ザッドの城へ戻ってきてしまった

 

自分の為に生きることが自然のように生きている者が殆どの世界の中にあって

 

ランドは決してそのようには生きられない性質をいつの間にか獲得してしまった

 

それが不自然なことだとしても、彼のこの性質は確実に今の彼自身を形作っている

 

この性質はシラスター王の性質に通じている

 

そして、殆どのものが気が付いていないだろうけれど

 

サイコパス的濃度の濃いマーリアの本質も同じなのだ

 

そういう意味ではマーリアは矛盾の塊のような存在だ

 

相反する性質を奇跡的なバランスで共存している

 

ただこのランドだけはマーリアのその性質を明確に認識していた

 

正確に言えば最近になって理解できるようになってきたようだ

 

マーリアですら驚くほどランドの頭脳はマーリアのそれを凌駕するほど発達している

 

残念なことにランド自身その自覚は無い

 

「私を倒せるほどランドは進化していて、私は楽しくて仕方がないわ」

 

マーリアもまたランド同様に俯瞰で自分を見つめる性質が強いため

 

自分の生死も勝敗すらも、それほど囚われてはいない

 

彼女の場合勝ち負けにすら執着していない、だからこその変幻自在な頭脳と言えるだろう

 

「負けるならそれを利用するまでだわ」

 

自分の敗北すら利用する道を探し出せるのだから

 

自分の死をも利用するマーリアの変幻自在な頭脳を持ってしても

 

シーランだけは計りかねていた

 

何故これほどまでに自分に不利な立場で戦おうとするのだろうか

 

シーランは非合理であり得ない選択ばかりしているように見える

 

まるで自分を不利な立場に好んで立たせているようにしか見えない

 

マーリアがあらゆる角度から考察してもシーランに勝ち目を見つけられない

 

何をどのように攻めて来られても常にマーリアが有利でシーランに勝ち目はない

 

マーリアがそう仕向けたわけだが

 

もしシーランがそうと知って尚自分の意志でそれを選んで今の状況に至るとすれば

 

マーリアですら気が付かない企みがある可能性を認めざるを得ない

 

行き当たりばったりで何も考えていないのか

 

それとも、全てが計算ずくでの行動なのか

 

想像を絶する隠し玉を仕掛けている可能性を否定できないのだから

 

マーリアにはシーランが不気味に見えているに違いない

 

彼女は生まれて初めて自分が理解できない存在と遭遇したことになる

 

本来なら脅威に感じるだろうけれど

 

ここがマーリアの特異な性質だろうか

 

彼女は刺激的にワクワクとしていた、未知なるものへの知的好奇心から高揚しているのだ

 

そういう相手がこの世界に、また同じ時代に存在してくれたことを

 

彼女は感謝せずにはいられない

 

未だに直接会ったことも無い二人が

 

一体どこまで正確に相手を理解しているのかは不明だが

 

互いに無視できない程、相手の存在を感じ取っていることは間違いない

 

そのシーランは扇子で隠した顔に笑みを浮かべている

 

不安に思ったレムイリアがシーランに尋ねる

 

「本当に勝てるのですか」

 

「レムイリア、よく聞くが良い私は武術家としての勝敗には拘るが、戦術の勝ち負けにそれほど興味は無いのじゃ」

 

流石のレムイリアもシーランのこの無責任極まりない発言には開いた口が塞がらない

 

「無駄だレムイリア、この師匠を理解しようとしてもな」

 

マルカスト元帥は初めからシーランを理解することを諦めている様子だ

 

「勝ち負けより大切なものがこの世界はあるのじゃ」

 

その言葉の意味をレムイリアは見失った

 

マルカスト元帥は耳の穴を穿り返して耳垢が付着した指を口で吹いて飛ばす

 

そんな戯言に聴く耳は持たないとでも表現しているのだろうか

 

そんなマルカスト元帥の仕草にレムイリアはまるで弟を叱りつける姉のように

 

「そんな汚いことはおやめなさい」

 

言ったものだからシーランは笑い転げた

 

マルカスト元帥は困ったように頭を掻くと

 

「あぁあ、そんな汚い手で髪を掻くのもおやめなさい、まったく困った人ね」

 

するとマルカスト元帥は奇妙な顔で彼女を見る

 

「お前は本当に変わっているな姉弟子よ」

 

「その尊敬しているのか貶しているのかわからない言い方は理解できないわ」

 

「両方だ」

 

呆れ返る仕草のマルカスト元帥に、それよりも呆れ顔をレムイリアは見せた

 

シーランが笑い転げたのは言うまでもない

 

話を魔王ザッドの城へ戻そう

 

ランドはこのままでは、ここの魔物たちに救いは無いと何とか自力で自分たちを守れるように

 

魔物たちの魔力の使い方を研究することにした

 

意思の疎通が上手く行かず、魔物たちは中々理解してくれない様子だったが

 

次第に魔力を発動させるべきだと認識するようになった

 

とは言え魔力の発動は最初上手くできない

 

当然である何世代もこんな魔力があるなどここの魔物たちは知らなかったのだから

 

命の危機に瀕した時本能的に発動させることに成功したが

 

それを意図的に使うなど到底できる筈もないだろう

 

そこでランドは谷底に自分の身を投じた

 

すると魔物たちが慌てて魔力を発動させランドを宙に浮かせた

 

どうやら飛空魔術のような使い方ができるようだ

 

そこでまず、空を飛ぶ、或いは相手を宙に浮かせる技を覚えさせた

 

雷撃はまだできない、相手の攻撃を弾き返しただけかも知れない

 

それでは魔力攻撃以外勝ち目はない

 

そこで剣を構え本気で斬りつける

 

驚いた魔物が雷撃で応戦した

 

「そうか雷撃は自発的に発動できるようだ」

 

魔物たちは泣いて抗議したが、ランドはその魔物たちを撫でることで敵意がない事を示す

 

次第に魔物たちもランドの意志を汲み取るようになり

 

戦うための訓練は本格的に始動した

 

ランドは魔力の使い方に疎いため上手く魔物たちの魔力を引き出せない状態に陥る

 

すると何処から来たのかマーリアが入り込んできた

 

「私がこの子たちの魔力を引き出してあげる、だからランドあなたはその魔力の戦術を構築して生き延びる道へ導いてあげなさい」

 

「一体マーリアはどうやってここへ来られた」

 

「あら、私はどこへだって行けるし、移動できるわよ」

 

そう言うといつものように笑った

 

「相変わらず無茶苦茶だな」

 

しらけた目でランドは言ったが、マーリアが何を企んでいるのかはわからないけれど

 

今はこの魔物たちが自立して自分たちを守れる力を身に着けることが先決だから

 

今はマーリアの企みに乗ることにした

 

ここからはマーリアと二人三脚で魔物たちを強化して行く

 

マーリアは時々ランドに謎掛けを投げかけ彼の頭脳を鍛える

 

まるで早く自分に追いつき追い越すように促しているようにしか見えない

 

「ランド早くここの魔物たち同様に進化しなさいよね、そして私を凌駕するほどの強大な頭脳を持ちなさい」

 

「一体マーリアは何を企んでいるんだ」

 

「聡明なあなたにもそれはわからないわ、これは私の性質が多大に影響している行動だから、本来ならあり得ないことをしているもの」

 

そういうとまたマーリアは笑った

 

「俺、いや私がマーリアを越えたとしても意味は無い、私はそう長くはないから」

 

「それなら、それまでに私を越えなさい、全てに意味を求めると私には届かないわよ」

 

この時ランドにはマーリアがこの世界の意味にすら囚われていないことに気が付く

 

「マーリアは一体どこへ向かっているんだ」

 

「それは私にも解らないわ、私がどう転ぶかなんて私自身わからいのだから」

 

そういうとまたマーリアは笑った

 

マーリアのことはわからないとランドは悟った

 

解らないことを理解しようとしないで、感じ取るしかない

 

マーリアの変幻自在な頭脳はただ理屈だけで働いてはいないのだ

 

感覚と理屈が常に同居して互いに協力し合っている

 

或いは戦いながら共闘しているのかもしれない

 

マーリアに届くにはランドも感覚を磨く必要があると気が付いた

 

「早く私に追いつき追い越しなさいランド、死があなたを連れ去るその前にね」

 

まったくマーリアのすることなすことがランドにはさっぱりわからない

 

マーリアが何を目的でこんな意味のない事をしているのかわからないが

 

確実の魔物たちは強化されて行くと共に

 

マーリアとの問答によってランドは更に研ぎ澄まされて行く

 

思えばランドは常に誰かがヒントを与え鍛えてくれていた

 

ドルトエルン国の仲間たち、ブラスト将軍、シーラン師匠、マルカスト元帥、そして魔王ザッド

 

不思議なことに誰かが彼を助けて導いてくれている

そのたびにランドは進化しているようだ

 

これは天の導きなのだろうか

 

だとすれば、天は期待する者に対して常に窮地に立たせ追い詰め試練を与える性質がある

 

それに何の意味があるのか今のランドには理解できないが

 

これを乗り越えた時に天が用意してくれた何かを手にすることができる

 

漠然とそんな予感がランドを掴んで離さない

 

つづく
 

人間たちの落日 落日の兆し もくじ

 

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あとがき


どうやら私は、ランドの様なタイプには幸せを感じて欲しいと思ってしまうようですΣ(@@;)

 

かと言って特定のキャラを贔屓することは出来ないから

 

ランドがどうなるのか今はまだわからない(=◇=;)

 

今のところランドが助かる確率が見えてこないのですよ(--。。

 

ただ無数の可能性だけが頭の中に浮かんでいるだけヽ(;´ω`)ノ

 

天の試練が存在するのかは、今の私にはわかりませんが

 

もしあるとすれば、一体何故何の目的で与えるのでしょうか

 

私に起きた幾多の出来事がもし試練だとすれば

 

それを乗り越えるたびに自分では到達し得ない気づきに辿り着いたことになりますΣ(@@;)

 

Σ( ̄□ ̄;)何の話やあせる

 

未だシーランとマーリアはにらみ合いを続けているような状態ですね・・・(。_。;)゜:。アセ 

 

この魔物たちもキー(鍵)を持った存在で

 

この物語はいくつものキー(鍵)が存在していて

 

つまりいくつもの扉を開けることで終着地点に辿り着ける

 

ただどの扉をどんなタイミング(順番)で開くかで

 

辿り着く場所が違うような気がします(((゜д゜;)))

 

間違えないようにしなきゃ(((゜д゜;)))あせる

 

まる☆