道場に帰ったシーラン師匠一向は
再三に渡り魔王デスカラードの魔物から
「シーラン師匠が戻られたら城へ来られたし」
と催促されたと弟子たちから困り果てた様子で報告された
余程のことがあったに違いない
弟子たちがマルカスト元帥に興味津々で見ているので
「こ奴は新しい弟子じゃ」
と一言だけ言ったものだから
「シーラン師匠子供を弟子にされたのですか」
当然の反応だろう弟子の一人が言うと殆どの弟子たちは共感を示した
マルカスト元帥はちらりとシーラン師匠を見ると扇子を仰いでいる
わざと説明不足で弟子たちを誤解するように仕向けたことは間違いない
「師匠あなたは本当にイタズラ好きですね」
不貞腐れるように言うと
弟子たちから「かわいい」という反応が連鎖的に起こる
「我こそはチグリット国のマルカスト元帥である、決して子供ではないぞ」
すると弟子たちは思い当たることがあったのか
誰一人疑うことなくマルカスト元帥であることを受け入れた
その反応には流石のマルカスト元帥も驚く
「姉弟子たちは、そう簡単に信じられるのか」
「ナタル様のことがあるので、子供の姿のまま変わらない人もいることは知っている」
弟子の一人がそう返答したので
マルカスト元帥はもう一人の師匠ナタルの顔が浮かんだ
ナタル師匠は子供の姿のままであることの不自由を知っている
マルカスト元帥は優しい眼差しになった
自分と同じ悲哀をしている人がいるのだ
そう思うと彼は長い間風穴の空いた心が塞がったような心境になる
マルカスト元帥を取り囲んで姉弟子たちは「かわいい」を連呼して楽しんでいる
何故かレムイリアは不機嫌な顔をした
何かに気が付いたように彼はレムイリアを一瞥してから天井を見上げ頭を掻いた
「これでは先が思いやられるな」
彼は人の心を感じ取り読み取ることができるのだ
「何をしておるマルカストにレムイリア直ぐにデスカラード城へ行くから準備するのじゃ」
姉弟子たちに取り囲まれ、弄ばれている状況からシーラン師匠の言葉に救われた
男子禁制だったシーランの道場に最近はラスティやランドという男の弟子が増えた
女の園に入り込んだ男子がどうなるかは想像できるだろうか
しかし旅から帰宅したかと思うとすぐに城から呼び出される
シーラン師匠が神出鬼没になるのも無理は無いとマルカスト元帥は理解した
三人がデスカラード城へ辿り着くと魔物たちに取り囲まれる
とても攻撃的な空気に包まれていてレムイリアは敵意を向けられていると感じると
反射的に身構えた
みればシーラン師匠は平然としている
しかし魔物たちからは敵意が剥き出しのようにしか見えない
一体何があったのだろうか
「お前たちが警戒するのも無理はないが誤解じゃ」
「誤解と言われると、そこの亜魔王種のことですか」
魔物の一体がマルカスト元帥を指さして言った
「そうじゃ、こ奴は亜魔王種ではない」
「しかし、先ほどから亜魔王種の匂いがこいつから発せられております」
魔物たちは今にも攻撃して来そうな臨戦態勢になる
「面白い一戦交えるなら私はいくらでも相手してやるぞ」
マルカスト元帥はまるで魔物たちを煽る様に言った
ここは誤解を解くのが最優先させるべきで
聡明なマルカスト元帥はそのことに気が付かない筈はない
レムイリアはまたマルカスト元帥の意図を見失ってしまった
ネオホムンクルスのリーザやラスティたちですら受け入れた魔王デスカラードの魔物たちでも
流石に亜魔王種の匂いが濃いマルカスト元帥だけは受け止めることは出来ない
ホムンクルスの暴走で一番被害を受けたのは
この魔王デスカラードの魔物の森であり
そのホムンクルスを作ったのは人間ではあるけれど
背後に亜魔王種たちが関与していたのは間違いない
魔王界でもその真実に辿り着いているようだ
だとすれば、真実に仇と呼べるのはホムンクルスではなく亜魔王種ということになる
魔王デスカラードの魔物たちは今誰よりも亜魔王種を憎んでいる
他の魔王の魔物たちよりも深く強く憎しみの感情が心の芯の所まで達している
そこへ亜魔王種の匂いが強いマルカスト元帥が現れたのだ
「こ奴は私の弟子である、もし弟子に危害があるとすれば私も戦うことになるがお前たちは私を敵とするつもりかえ」
魔物たちは少し怯んだ
「我々は決して御恩あるあなたを敵とはしません」
「今は何を言ってもお前たちに届かぬであろうから、私に言えることは私を信じよこれに尽きる」
シーランのその言葉に魔物たちは少しずつ剣を鞘に治め始めた
しかし何かあればすぐにマルカスト元帥を斬り殺すという空気は変わらない
レムイリアは常に臨戦態勢のままマルカスト元帥そばを離れないで歩き出す
「亜魔王種に対する憎しみが半端ないなここは」
「当然じゃホムンクルスの暴走で一番被害を受けたのはこの森の魔物たちじゃからのぉ」
「よくそんなところへ私を連れて来たな」
「お前は必要じゃ、この魔王界にとってはのぉ」
魔物たちの敵意が剥き出しのままシーランたちは魔王デスカラードの王室へ案内された
本来なら謁見広間に呼ばれるのであるが
王室に魔物以外を呼ぶなど異例中の異例である
流石のシーランも少しばかり険しい顔になる
一方マルカスト元帥は開きなおり晴れ晴れした顔だ
その背後を守る様にレムイリアは臨戦態勢で歩いている
魔物たちは相変わらずマルカスト元帥に敵意を剥き出しで
いつ襲い掛かって来ても不思議ではない状態である
大広間を通り、魔王の居城が見えて来た
中庭を超えると魔王の居城の門が開く
さらに奥へと入り歩いて行くと
魔王デスカラードの王室の扉に辿り着いた
魔王デスカラードの城は厳重な警備と戦に備えての武装や仕掛けが至る所に施していて
マルカスト元帥は自分が敵意の的だということも忘れて楽しそうに分析を始めている
レムイリアはまたマルカスト元帥が何を考えているのか見失う
「こんな状況下で良く楽しそうに城を鑑賞しているな」
「しかしなぁこれほど敵に備えた厳重な城は見たことが無い、あちこちにいろんな仕掛けがあってワクワクしてくるぞ、この城を落とすのは一筋縄では行かない、考えただけで鳥肌が収まらない」
魔王デスカラードの統治する森は幾多の苦難を乗り越えて来た
魔王大戦の時にも被害甚大だったが
ホムンクルスの暴走の時には他の魔王の森に比べて壊滅的被害を被った
魔物たちは魔王デスカラードを守るために城を何度も改装工事して
いつ敵が攻めてきても直ぐに対応して撃退できるような仕掛けを至る所に施していた
これは魔物たちの魔王デスカラードへの気持ちなのだ
マルカスト元帥が感動しているのは仕掛けの素晴らしさだけではない
どうしてこのような装備を城に施したのか
魔王デスカラードを守りたいと思う魔物たちの熱い気持ちがあるのを感じ取ったからだ
その心は彼の故郷であるチグリット国の住人たちの性質に近かった
「こいつらは私のことを敵視しているが、私はこいつらを同郷の者のように感じるんだ」
当然レムイリアはマルカスト元帥の気持ちがさっぱりわからない
一体どのように解釈すれば、自分を今にも殺そうとしている相手をそのように思えるのだろう
マルカスト元帥があまりにも友愛の気持ちのオーラを発散させているから
魔物たちもそれを感じ始めて困惑し始めた
この困惑は連鎖的に魔物たちに浸透して行く
「私はお前たちが気に入った、お前たちに殺されるなら本望だ」
突然立ち止まり、群がりながらマルカスト元帥の命を狙っている魔物たちに向かって
マルカスト元帥は叫ぶように言った
その心に一点の曇りもなく感じられる
嘘つきの亜魔王種がこれだけ真っ直ぐな心を持っているだろうか?
しかし、彼からは亜魔王種の匂いが濃くて亜魔王種以外には思えない
魔物たちの困惑は更に深いものとなって行く
マルカスト元帥の気持ちは本物でとても嘘とは思えない
事実マルカスト元帥は本気でそのように思っているから魔物たちが困惑するのも無理はない
「どうしてそこまで我々のことを思えるのだ」
「この城の有様を見れば、お前たちの魔王デスカラードを思う気持ちがビシバシ伝わってくる、その心は我がふるさとチグリット国の住人と同じなのだ、私はお前たちを同郷と区別がつかない」
はらり、またはらりとマルカスト元帥から涙が零れだした
彼がチグリット国の住人たちをどれだけ愛しているかは
サーティーン・キルの元帥としての給料の殆どを仕送りしているところからも窺(うかが)える
亜魔王種すら屈服させるほど、マルカスト元帥は情が深いのだ
次第に魔物たちもマルカスト元帥の心に感銘を受け始めた
魔物たちに理屈などいらない、魔物たちは心で感じたまま生きる性質が強いからだ
「俺にはこいつが亜魔王種には思えない」
一体の魔物が叫ぶように言うと
他の魔物たちからも同調する声が上がる
「私はお前たちのような魔物と出会えたことを誇りに思う、このままお前たちに殺されたとしても一切の遺恨を残さない」
マルカスト元帥は自分の剣を放り投げた
一体の魔物がその剣を拾うとそのままマルカスト元帥に返す
「お前が我らと同じ心を持っていることを今知った、我らはお前が我らに仇成すことは無いと信じることにした」
一体の魔物の言葉に歓声が上がる
「ありがとう、嬉しいぞ、誓ってこのマルカストはお前たちに剣を向けることはしない、むしろお前たちに何かあれば、お前たちを助けるためにこの剣は振るわれるだろう」
魔物から剣を受け取り、それを掲げながら叫ぶように言った
魔物から大歓声が響く
ほんの僅かな会話でマルカスト元帥は魔物たちの心を鷲掴みにしたのだ
レムイリアは今何が起きているのか理解するのに時間が掛かった
また先ほどまで敵意剥き出しだった魔物が一変してマルカスト元帥を讃えている
改めてマルカスト元帥の不思議さを思い知らされた
ふとシーラン師匠に視線を移すと
彼女は扇子を顔に当てている
どうやら笑いを堪えている様子だ
一体この状況のどこに笑える要素があるのだろうか
今度はシーラン師匠の心を見失ってしまった
「レムイリアよお前の心は忙しいのぉ、少しは奴を信じて落ち着くのじゃ」
どうやらシーラン師匠は初めからこうなることを予見していたようだ
彼女は口ではマルカスト元帥を小馬鹿にしているけれど
本当は彼を心から信頼しているのかもしれないとレムイリアは感じ取った
そんなシーラン師匠も魔王デスカラードの居城の扉を前にすると真剣な眼差しになる
先ほどとは打って変わって魔物たちは歓迎するように扉を開けた
扉の向こう側で玉座に座っている魔王デスカラードいた
シーランですらその姿を見て驚きの顔を見せた
魔王デスカラードは傷だらけなのだ
「これは一体どうなされたのじゃ」
「我ながら不甲斐ない有様に恥じ入るばかりだ」
「差し支えなければ事の次第を話されよ」
「魔王ロドリアスだ」
「先ごろ魔王ロドリアスと真の友となったとラスティから聞いていたがもう仲違いされたのかぇ」
「そうではない、奴は私を巻き込まぬため、わざと私と仲違いをしたのだ」
「魔王グラードと本格的に戦うつもりなのじゃな」
「私は何度も説得して、間に入ろうとしたが魔王グラードはすでに魔物を軍隊のように組織していて話し合いに応じるつもりはないようだ、それでも私は説得を続けようとしたが、これ以上は無意味だと私に絶縁状を叩きつけた、当然私は受け取らない、そこで奴は突然斬りつけて来た、奴が本気でないことは全て急所が外されているところから理解した」
とは言え傷は決して浅くはなく、止む無く自分の城へ戻って来たというのだ
もちろん魔王ロドリアスはそれを見越して斬りつけたに違いない
魔王ロドリアスの気持ちが理解できるだけに
それを交わすことができなかった自分の非力さが悔しかった
魔王最弱と呼ばれても仕方のない腕前だと自責の念に駆られる
「不意打ちであろう、魔王グラードよ、決して剣技では奴に劣ってはいない、ただほんの少し優しすぎたのじゃ、貴殿は本気で魔王ロドリアスに斬りつけることは出来ないであろう、しかし奴は何の躊躇(ためら)いもなく斬りつけることができた、この違いだけじゃ」
この違いは決して小さくはないことは魔王デスカラードも自覚している
「このまま両者が戦えば、魔王界は真っ二つに分断されてしまうだろう」
「最早魔王界が真っ二つに分かれることは避けられぬであろうなぁ」
「これは長きにわたり有耶無耶にしてきた我らの心の問題だ、これを乗り越えぬ限り魔王界を維持することは出来ない、そのことは他の魔王たちもうすうすは気が付いていると思うのだが、殆どの魔王は己の誇りに賭けてここを砕くことはしない」
自分もそんな魔王の一人だからその気持ちは痛い程理解できる
それだけに他の魔王たちを説得することは極めて困難だと言えるだろう
「私に考えがある、もし魔王デスカラードが受け入れてくれるならそんな魔王界に一石を投じることができるじゃろう」
「受け入れるとはそこにいる亜魔王種のことですかな」
魔王デスカラードは鋭い眼光をマルカスト元帥に向けた
どんなに寛容な魔王デスカラードでも相手が亜魔王種なら許すことは出来ない
レムイリアは剣の柄に手を置く
するとシーランは扇子を顔に当てて笑いだす
「貴殿すらこのマルカスト元帥が亜魔王種に見えるようじゃのぉ」
「見えるも何もこ奴から亜魔王種の匂いが漏れ出しているぞ」
「そうそれじゃ、だからこそこ奴は対亜魔王種戦における我らの秘密兵器になるのじゃ、そして今魔王界で起きている騒乱を治めるのにこ奴の知略が一役を担ってくれるじゃろう」
「しかし私にはこの者が亜魔王種以外には思えない」
するとマルカスト元帥を庇うように魔物たちが間に入った
「魔王デスカラード、こ奴は決して亜魔王種ではありません」
一瞬魔物たちは亜魔王種に洗脳されたのではないかと魔王デスカラードは疑った
当然である亜魔王種の最大の魔力は精神支配であり
今まで多くの魔物たちがその支配から逃れられず
亜魔王種の思い通り魔物の世界を荒らしてきた
ところが、殆どの魔物が彼を支持しているように見える
亜魔王種がこれほどまでに大掛かりな精神支配をするだろうか
精神支配の魔力を亜魔王種がする場合
実は亜魔王種にも犠牲を伴うことは魔王界でも知られている
小さい数ならまだしも
魔王デスカラードの魔物たち全てとなれば
亜魔王種と言えど壊滅的な犠牲を伴うことは間違いない
それこそ自滅覚悟での一手だということになるが
今この時点で亜魔王種がそんな暴挙に及ぶなど考えられない
第一その戦略的意味はあるのだろうか
魔王界にとって今の魔王デスカラードは無力である
そんな魔王デスカラードを壊滅的な犠牲を持って潰しにかかるなど狡猾な奴らはしないだろう
では何故
亜魔王種としか思えない子供の姿のこの存在を亜魔王種ではないなどと
魔物たちは思ったのだろうか
「魔王デスカラードが困惑するのも無理はないことじゃが、こ奴は本当に亜魔王種ではないのじゃ」
「しかし」
魔王デスカラードは次の言葉が出てこない程困惑した
魔物たちは一点の曇りもない心で真っ直ぐマルカスト元帥を庇い自分を見ている
「魔王の色目だろうか」
魔王にとって魔物たちは自分の子供も同じである
少なくとも魔王デスカラードは親バカなほどに目の中に入れても痛くない程
自分の魔物たちを愛している
そのな魔物たちが一心不乱に彼を信じて守ろうとしているのだ
それを信じてみたくなるのは自然なことだろう
とは言え、魔王として魔物たちを守るべき責務がある
もし判断を誤ると魔物たちは一網打尽に滅ぼされてしまうかもしれない
狡猾な亜魔王種は魔王たちの最も触れられたくない心の問題を利用して
今こうしている間に魔王界が滅ぶように働きかけているのだ
魔王として迂闊に信じて良いことではない
責任感の強い者ほど慎重にならざるを得ない
「では魔王デスカラード、私は亜魔王種に洗脳されるであろうか」
魔王には亜魔王種の力を相殺する魔力があるため亜魔王種の力は及ばない
しかし人間には亜魔王種の魔力を相殺することなどできない筈だ
なのにシーラン師匠には亜魔王種の魔力すら通用しないように思えてくるから不思議だ
「その質問は私には酷というものです」
「どうやら人間にも亜魔王種の魔力を相殺する体質の者が存在するようじゃが私もその一人だと思われよ、実際この目で亜魔王種に遭遇したが、私の心が読めぬと言っておった故に恐らく私にも奴らの魔力を相殺する性質を持つて生まれて来たようじゃ」
マルカスト元帥は一心不乱に目を逸らすことなく魔王デスカラードを見つめていた
レムイリアは不審に思い尋ねると
「どうやら亜魔王種の力も魔王には届かないらしい、この魔王の心がまるで感じられない」
聞くと彼女は魔王デスカラードへ視線を移す
鋭い眼光を放ってはいるが、彼女にはとても優しそうに感じられる
「私はとても優しい魔王のように思える」
「そうか、それなら姉弟子お前の感覚を信じる、大体ここの魔物たちがどれほどの思いでこの魔王を守ろうとこの城を作ったのかを思えば信頼するに値する相手だと思えるからな」
魔王デスカラードは未だに迷っている様子なので
「魔王デスカラード、私はチグリット国元帥マルカストである、たとえあなたに信じられなくとも私は人間であることを誇りに思っている、ここに至るまでにこの城の在りかたを知り魔物たちがどんな思いでこの城を作ったのかを感じ取り、私はここの魔物が故郷であるチグリット国の住人たちと同じ心を持っていると感じた、そんな魔物たちが絶対的に信じているのであれば敬服するに値すると感じた、よって私はこの命を持って自分が決して亜魔王種などではないことを証明したい」
「一体その命をどう使い証明するというのだ」
「その魔王の剣で私の首を刎ねられよ、私は決して自分の命を守らぬ、狡猾な亜魔王種には決してできることではないだろう、奴らは利己的だ自分の命を最優先させる、もしこの首が刎ねられた暁には私が亜魔王種でなかったと信じられるだろう」
「面白いではそのようにしてやろう」
魔物たちがマルカスト元帥を庇う
「良いのだ、私はお前たちの魔王デスカラードを信頼できる魔王だと判断した、たとえこの命が尽きるとしても何の遺恨も残さない、ただお前たちの心に私の名を刻んでくれれば本望だ」
これにはシーランですら驚きの顔を見せた
「それでは、お前をここへ連れて来た意味がなくなるではないかえ」
「私を犠牲に捧げると言ったではないか、ここの魔物たちは我がチグリット国のみんなと私は区別がつかない、みんなの為ならこのマルカストこの命惜しいとは思わない」
シーランは少しばかり空を見上げて考えてから
「確か亜魔王種の呪詛は、呪詛をかけた亜魔王種が死ねば解けると聞きましたが」
「それは間違いない」
「ではもし、マルカスト元帥の首が刎ねられても魔物たちの心が少しも変わらなければ、つまり貴殿の魔物たちは決して洗脳されての行動ではないということになりますのぉ」
「確かにその通りだが」
そこまで言ってから魔王デスカラードも気が付いた
シーランやマルカストの狙いに
「これはしてやられました」
もし仮にマルカスト元帥の首を刎ねたとして、魔物たちが変わらなければ
洗脳されたのではないということになる
そしてそれはそのまま無実の人間の首を刎ねたことになるから
魔物たちと魔王デスカラードの心の間にしこりも残るだろう
この小さなズレが最終的に魔王と魔物たちのとの絆にひびが入るほど大きく影響する
小さな歪は実はそれほど危険なもので見過ごしてはならないものなのだ
また小さいうちならまだ修復も可能だが
ボタンの掛け違いのようにその後幾多の情を積み重ねれば重ねる程ズレは大きくなる
これでは器量が試されているのは魔王デスカラードの方となってしまう
もし意図して目の前の亜魔王種としか思えないマルカストという男が問いかけたとしたなら
亜魔王種と変わらない狡猾さということになる
シーラン師匠の抜け目のなさは魔王デスカラードでも計れない程だ
彼女が一瞬でそのように仕向けたとも考えられる
マルカスト元帥の首を刎ねるという行為は
彼が亜魔王種なら魔物たちの呪詛を断ち切ることになるが
もしそうでなかった場合、心ある無実の者の首を刎ねたことになり
長きに渡り育んできた魔物たちとの絆に傷をつけることになってしまう
おおよそリーダーと呼ばれる者たちの適性はこういう時明確になるもので
この決断如何によっては将来的に自分の夢に陰りが見える程大きなことでも
即決しなければならない場面では即断できなければならない
またこの判断は取り返しがつかないため間違えれば未来はない
このような試練はリーダーとしての適性の有無が炙り出されるものである
魔王デスカラードの目が怪しく輝くと剣の柄に手を置く
咄嗟にレムイリアはマルカスト元帥を守ろうと剣を構えようとした瞬間
シーランが彼女の剣を扇子で押さえる
一瞬で彼女は身動きができなくなる
今の彼女ができることと言えば恨めしくシーラン師匠を睨むことだけである
シーランは彼女を一瞥すると魔王デスカラードへ視線を移す
次の瞬間魔王デスカラードの剣が空を斬りマルカスト元帥の首の前で止まる
そのまま剣を鞘に納めて笑った
「許されよマルカスト元帥とやら、お前が一点の曇りもなく真っ直ぐな心を持っていることを試した」
「信じられぬのも無理はない、私から亜魔王種の匂いが溢れているのだから、それで私を信じていただけたか」
「首を刎ねられる剣を少しも怯まず微動だにしないのだ、そんなこと亜魔王種にできるわけがない」
魔物たちから歓声があがった
これは彼特有の戦略的行為なのだろうか、それとも全てが本気だったのか
レムイリアには区別がつかない
仮に彼の戦略的一手でシーランが後押しをしたと言われても納得できるし
マルカスト元帥は何の計算もなく真っ直ぐな心での行為を
シーラン師匠が戦略の一手に変えてしまったと言われてもそのように思える
マルカスト元帥の腹の底はまるで見えない
彼ならば捨て身の策を弄することもやりかねないから
ただ一つ言えることは、マルカスト元帥はただ狡猾なだけではないということ
彼は亜魔王種ですら屈服させるほど情が深いのだ
「あまりハラハラさせるでない、寿命が縮まる音がしたぞぇ」
シーラン師匠が扇子で隠しながらマルカスト元帥に耳打ちする
「師匠、男にはたとえ自分の命を失うことがあっても賭けなければならない時がある、私はこの魔王デスカラードが気に入った、もしこの首が刎ねられたなら私の見る目が無かったということだ」
「男の世界とは面倒くさいものじゃのぉ」
「だが魔王デスカラードは私の首を刎ねなかった、我が友と呼ぶにふさわしい男だ」
マルカスト元帥は嬉しそうに笑った
マルカスト元帥は命がけで魔王デスカラードが友として相応しい相手か試したのだ
「したが、この魔王デスカラードがいたことが魔王界にとってどれだけ幸運なことかお前にも理解できるじゃろう」
「ああ、奴は間違いなく魔王界の希望になるだろう、少なくとも私は奴を認めた」
二人が感動しているのに対してレムイリアは置いてきぼりになっている感じだ
二人の気持ちについて行けない
一体今何が起きているのかすら理解できないのだ
一転して魔王デスカラードはマルカスト元帥が気に入ったように見える
直ぐに打ち解けて談笑を始めた
マルカスト元帥はいつものように冗談を言っては魔物や魔王デスカラードすら笑わせている
シーラン師匠も負けじと冗談を言って笑いを起こしている
先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように
晴れ渡った真夏の陽気な風景に景色は一変したように感じられた
この場合魔王や魔物たちが理解不能な精神構造をしているのかもしれない
彼女はそう判断することで心の均衡を保とうとした
「師匠はすでに人間を超えていると魔王界で呼ばれているようですね」
「そうらしいな」
「その意味がよくわかりました、師匠の心はすでに人間を超えて魔物や魔王と同じだということですね」
不貞腐れるように嫌味の一つも言わないと気持ちが収まらない
途端にシーランは笑い転げる
「かわいい奴じゃのぉ」
まるで相手にされていない様子にぶいっとそっぽを向くと
何故かマルカスト元帥まで笑い転げた
「もう知らない」
自分でも理由がわからないもやもやとした気持ちが彼女を支配し始めた
「姉弟子、ありがとうな」
そんなマルカスト元帥の一言で
今まで自分に纏わりついていたもやもやした気持ちが晴れ渡るのだから不思議だ
「マルカストっお前は本当に狡い奴だ」
剣の柄で頭をポカリと小突いた
ところがマルカスト元帥は小突かれた頭を手で抑えながら笑いを堪えている様子だ
気持ちを見透かされている感じがしてレムイリアは赤面した
「ところでシーラン師匠、あなたには考えがあると仰っていましたが」
魔王デスカラードが切り出すと
「このまま魔王界が真っ二つに分かれてしまうのは必至であるなら、それを利用することを考えれば良いのじゃ、なまじ何とか分裂を避けようとしても傷口を広げるだけじゃからのぉ」
「しかし戦争になります、魔王同士の戦いとなれば世界に多大なる損害が生まれるでしょう」
「考えてもみよかつて魔王大戦なるものが起こった時世界は滅んだだろうか」
「それは確かに滅びませんでした互いに魔力を抑制して純粋に剣技で戦う魔王が殆どでしたから」
「もし本気で戦えば魔物たちまで滅ぼしてしまうことは必至それほどまでに魔王の力は大きいのじゃが、現存の魔王で魔物を愛していない者はいないじゃろう、ならば世界を滅ぼすような戦いにはならぬ、亜魔王種もそれを見越して今回の策略に及んだとみて間違いあるまい」
「それはつまり魔王のみをこの世界から消し去る算段ですな」
「私なりに亜魔王種の動向を調べたのじゃが、どうやら亜魔王種は魔王に取って代わるつもりかも知れぬ」
「なんと我らと取って代わるなど馬鹿らしい」
「しかし奴らは本気じゃ、察するに亜魔王種とは魔物ではないな」
シーランの言葉に魔王デスカラードは驚いて、彼女を見ている目が大きく開く
「魔王たちが直隠(ひたかく)すのも理解しておる、私が推察するに魔王に成れなかった魔王種であろうのぉ」
「我ら魔王は隠してなどおりません、全ての魔王が亜魔王種を魔物と認識しております、ただ確かに奴らが魔物であるには不審な点が多い」
魔王デスカラードは考え込んでしまう
「恐らく魔王テチカは気が付いているかも知れませんぞぇ」
「しかし亜魔王種が魔物ではなく魔王種となると厄介だ、そんな相手を前に魔王同士が争っている場合ではないというのに」
「これは単なる魔王界の騒乱ではない、亜魔王種との戦はもう始まっておると思われよ」
「それでシーラン師匠の考えをお聞かせください」
「魔王同士の争いとして捉えなければやりようはいくらでもある、真の敵は亜魔王種たちじゃ、そこでこのマルカスト元帥の出番じゃ、こ奴は恐らく亜魔王種たちにとって天敵となるじゃろう」
「ほう、それは彼が亜魔王種の匂いのする理由と関りがありそうですな」
「そうじゃ、恐らく今の奴を亜魔王種ですら自分たちの仲間としてしか認識できまい」
シーランは扇子で隠すように魔王デスカラードに耳打ちする
「実はマルカスト元帥は亜魔王種を取り込んだ人間なのじゃ」
「そんなことがあり得るのだろうか」
「この世には常識では推し量れないことが多くあるのじゃ、奴はこの世界にただ一人亜魔王種に勝った人間じゃ、よって亜魔王種にとって天敵といえよう」
改めて魔王デスカラードはマルカスト元帥を見つめた
「首を刎ねなくて良かった」そう思わずにはいられない
「どうじゃこ奴は貴殿を友としたいと切望しているが」
「本当に気持のある男なのだなぁ」
ジワリと魔王デスカラードにも熱いものが込み上げて来た
幾多の不運に見舞われ乗り越えて来た彼だからこそ
相手の苦労を自分のことのように感じられる感受性が育つもので
魔物を嫌う人間の世界で子供の姿のまま生き続けることがどれだけ過酷かを思えば
それでも心を歪ませることなく
あんなにも真っ直ぐに生きている
「これだけでも敬服に値する」
心の中で言うと魔王デスカラードはマルカスト元帥の前まで歩いて行くと
「マルカスト元帥、貴様を友と呼びたいが構わないか」
魔王デスカラードの心が感じられないため面食らった様子だったが
「願っても無い、私もあなたを友としたかったのだ」
「ならば今後私を貴様と呼ぶが良い、魔王にとって対等の相手以外相手を貴様とは呼ばないし呼ばせない」
マルカスト元帥は手を差し伸べた
「人間の世界では握手という風習がある、これは互いに敵意がない、相手に対して決して武器は持たないという意味だ」
「ほう、如何にも戦闘種族らしい風習だな」
どうやら魔王界では戦ばかり起こしている人間を戦闘種族と認識しているようだ
戦闘種族ではない魔王たちにとって
気持ちのやり取りは礼だけで充分である
魔王テトのような例外もいるが基本的に魔王は礼儀を重んじる
それは命より誇りを重視する魔王にとって
相手を裏切ることがどれだけ醜い行為であるのか窺える
そんな魔王たちには握手など必要なかった
必然的に敬意を示すだけで充分なのだ
固い握手を交わしながら魔王デスカラードは言う
「いつか人間界がこの握手を必要としない世界になることを祈る」
魔王にとってその考えは人間界に戦がなくなり平和な世界になったことを意味する
「握手と言う習慣が必要のない世界はいつか必ず訪れるじゃろう」
何故ならこれは武器が前提で嘘をつくのが前提の世界であるからこそ必要な
信頼の絆を結ぶ行為だからである
もし、そんな世界で無くなれば、こんな儀式は必要ではなくなるだろう
己の心が清廉潔白でそれに準じて生きている者にとって
自分にも相手にも嘘をつかないまして攻撃などしないのが当たり前の世界になれば
気持ちは一礼一つで伝わる程純粋な世界になれるからだ
始めマルカスト元帥はその言葉の意味を理解できなかったが
後々シーラン師匠が魔王の感覚を聞かせたので納得した
同時に、今では握手するそのものの意味は変わってきている
ハグも握手も挨拶だけでなく気持ちを通わせる一つの愛情表現になっているのだから
否定されて良いことではないとマルカスト元帥は思った
どうやら人間と魔王とは大きな感覚の違いがあるようだ
共通点のみで付き合えばやがてこの相違点が争いの火種となる可能性は高い
マルカスト元帥は今までそのことを嫌という程目の当たりにしてきた
だからこそ彼は相違点に目を向ける
如何にそれと付き合って行くかが異文化交流の基本となるだろう
どうすれば自分とは違う考え方、生き方、そして感受性を否定しないで
それと付き合って行くかを見つけ出せたなら
本当の意味で深い絆で結ばれ共生して行ける道が見えて来るのではないか
亜魔王種を取り込んでしまい子供の姿のまま生きて来た彼だからこそ
そのことの大切さを誰よりも強く感じているのだった
そんなマルカスト元帥が魔王を友としたことは魔王界にとって大きな波紋となるだろう
それは亜魔王種の策略を打ち壊す一手となるか
魔王界崩壊の波紋となるかは、それを魔王たちがどう受け止めるかにかかっている
とは言え知略に長けたシーランの一手は間違いなく亜魔王種にとって脅威になるだろう
つづく
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あとがき
ちょっとばかり長くなりました(=◇=;)
ドラマで言うと二時間スペシャルといった感じでしょうか
その割に話の進み具合はスローですけどね∑(-x-;)
精進せねば・・・(。_。;)゜:。アセ
物事を本質的に捉えて考えてみれば疑問は自然と生まれてくるものですよね
私は握手の習慣が何故生まれたのかを知った時感じました
それは武器を持つことが前提で、嘘をつくことが当たり前の世界だから生まれた習慣だと
一方日本の礼儀、一礼による挨拶は
互いに信頼関係がすでにできている世界だから生まれた風習ではなかったか
特に日本人は触覚が発達した民族性があるので
スキンシップで体に触れることはあまりしない¢( ・・)ノ゜ポイ
身体の触れ合いがなくとも、心の触れ合いを感じられる民族性が強い
極めて昭和的な表現で言えば「俺の目を見ろ何にも言うな」とわかり合える感覚です
目と目が合うだけで相手が何を考えているのか感じ取れるなんて感受性は
世界でも少ないのではないでしょうか
とは言え、握手は今では挨拶や気持ちのやり取りの一つの手段となっていて
それ自体を否定しているわけではありません
ハグの文化もまた一つのスキンシップの素晴らしい文化の一つだと思います
それとは違う感覚の文化もまたあることや
感受性の違いなど民族的相違点は確実に存在していて
自分とは違うからといってその生き方や感覚を否定し合えば
それこそ戦争の原因になりかねない(((゜д゜;)))
如何に相違点と付き合って行くかは今後の課題になって行くと思います
全ての人が同じ生き方や考え方をする必要はないのだから
Σ( ̄□ ̄;)何の話や
それにしても、
あのレムイリアを扇子一つで制するシーランはどれだけ強いねんΣ\( ̄ー ̄;)
思わず書きながらツッコミを入れてしまいましたΣ(@@;)
マルカスト元帥はただ情が深いだけではなく狡猾な一面も持っていて
時々どちらが働いた行為なのか見失う場面がありますΣ( ̄ロ ̄lll)
計算ずくでの行為なのか
それとも純粋に気持ちだけの行為なのか
判別が非常に難しい程、情の深さと狡猾さが表裏一体の存在だと再認識させられました
聡明なランドですら時々見失うのだから
レムイリアが見失うのは当然と言えますよね(=◇=;)
剣技においては魔王に匹敵する強さを持っていたとしても
シーラン師匠とマルカスト元帥という特異な存在二人に挟まれて
とても可哀相に思えたりします(((゜д゜;)))
振り回されるのは間違いありませんからね(--。。
それにしても、これだけ話が長くなったにもかかわらず
たった三つの場面しかないのだから
自分の纏める能力の無さを思い知らされました(=◇=;)
この上は精進あるのみヾ(@^(∞)^@)ノ
まる☆