私はプラス思考に傾き易い性質をしている

 

日本では珍しいタイプらしい

 

この手のタイプのメリットとデメリットについては

 

過去に記事に何度も書いたが

 

プラス思考のメリットはいろんなところから配信しているから省く事にする

 

しかしプラス思考にもデメリットはある

 

日本人はマイナス思考に傾き易い人が多いため

 

そのデメリットは回避されているのだが

 

プラス思考というのはマイナス思考に傾き易い人には有効でも

 

元々プラス思考に傾き易い個性の人には害になる可能性は高い

 

私はプラスでもマイナスでもないニュートラルに物事を捉えて

 

その上で前向きに生きる方が有益だと捉えている

 

物事をあるがまま捉えて出来るだけ主観より客観的に観察する事で

 

明確に今必要なもの不要なものを分別する事が出来る

 

そこで前向きに生きるなら

 

前向きとは方向性だからその現状をどう生かして目的地に辿り着けるか

 

目的地とは目標とは限らない

 

流れに沿って生きている人にとって特定の目標を持たず

 

その時その時を賢明に生きて行く姿勢の人もいる

 

価値観は人それぞれで良い

 

この生き方が正解だと言うものは

 

人それぞれ違うから

 

そう言う人の場合は

 

その人が生き生きと充実した生き方をする事が出来る

 

それを目標に代入すればそこに辿り着けるが成立する

 

ところが

 

プラス思考やマイナス思考どちらかに偏り過ぎた状態で

 

物事を捉えた場合

 

それが色眼鏡となり歪んで見えてしまう(=◇=;)

 

前向きに捉えるのは良いが

 

マイナス思考であればネガティブに捉え過ぎて

 

災いの中に隠されたチャンスを見逃してしまう可能性は高い

 

一方プラス思考も同じく前向きに捉え過ぎて客観性に欠けると

 

チャンスを見失う可能性もあるから困ったものだ

 

私は災いや問題が起きて窮地に立たされた時に

 

実はその中にチャンスが隠されている場合が多い事を

 

ぼっち時代に学んだ

 

窮地に立たされた時に冷静に状況を観察すれば

 

粗が見つかるし逆転のチャンスが意外な所に隠されている事にも気がついた

 

例えば今の日本

 

実は窮地に立っているのだが

 

自主独立できるチャンスでもある

 

世論は米中二極化と捉えている声が多いようだが

 

日本が自主独立なんてされたら困る人たちは

 

必死でそれを阻止しているようにも見える

 

自主独立する事と軍国主義を混同するような印象操作をしている

 

幽霊の正体見たり枯れ尾花

 

ハリボテや幻想に恐怖する必要はないのだ(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

部下たちには「まるちゃんの妄想が始まった」と馬鹿にされているのだがあせる

 

窮地に立たされた時に冷静にまた俯瞰で観察する事が出来れば

 

隠れているチャンスを見つける事が出来るかも知れない

 

 

この場合も私を含めて俯瞰で観察しているもう一人の私の影響があるようだ

 

しかし当時の私は

 

その性質を頼りとはしなかった(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

洞察力を鍛える事で自力で解決する姿勢で挑む事にしていた

 

私は他力を好まない性質が強い

 

俯瞰の私を頼る事は自力とは言えないと子供なりに考えた

 

だから感情を棚上げする所から自分を鍛えた

 

夜寝る前にその日の出来事をノートに書きながら

 

気がついた事を加筆する

 

後々それが一人反省会というカタチに進化した

 

現状をどう打破できるか

 

毎日攻撃して来やがる奴らをどう攻略するか

 

ノートに描きながら

 

1日を振り返って行動の推移を書きながら

 

こうすればどうなるか、ああすればどうなっていたか

 

現象は変わらないのだがワクワクしながらノートを描いたりした

 

ブラス思考に傾き易い体質は

 

こう言う時でも逆転出来ると根拠も無く確信してしまう( ̄_ ̄ i) 

 

なぜそこまで自信があるのか自分でも謎だ

 

しかしそのプラス思考が返って

 

現状を歪ませている事を嫌と言う程思い知る事になった(=◇=;)

 

そこで現状を直視する訓練を始めた

 

この当時はまだ実の兄と出会っていないから

 

杜撰(ずさん)で大雑把なものだった

 

当時のノートを再読すると見ていられない程だ(;¬д¬)|||

 

1日の出来事を振り返りながら

 

そのうち反省点を書くようになって行く

 

一方でプラス思考の性質が顔を出して

 

どう攻略するかワクワクしながら考えた

 

するとシビアに現状を把握する事ができる様になると

 

浮かんで来る対策も大幅に違ったものになって行く

 

その一方で洞察力も鍛えた

 

基本私は直感閃きタイプで感覚で物事を感じ取れる

 

しかし

 

それが事実かどうか

 

好奇心が動き出して確認せずにはいられない(=◇=;)

 

これは私の悪癖でもある

 

そこで確認方法を模索する事にした

 

このようにぼっちで毎日攻撃されていても

 

自分を鍛えながら奴らの性質を観察したり

 

自分の能力を鍛えるなどしていると忙しくて落ち込んでいる暇は無い

 

まず前提が奴らに一泡吹かせてやる事に向けて歩き出している

 

サンドバッグになっている時も

 

奴らの観察は続けている

 

私は逃げるとか現状に悲観する事はしない¢( ・・)ノ゜ポイ

 

こうしてやられたらやり返す生き方が構築されて行った

 

その中で最も役に立ったのは

 

1日を振り返り反省ノートを書き続けた事だ

 

こうして自分やクラスメートと向き合い

 

俯瞰で自分を捉えながらその時のクラスメートの立ち位置から

 

言動待てイラストや図式にして描いたりしながら

 

より立体的に捉える事で

 

言葉の粗探しも問題などを赤で添削するようにしてみた

 

もし、この時こう切り返していたらどうなったか

 

など数ページに及ぶ程書くようになると

 

切り返しや対応も少しずつ変化して行く

 

クラスメートたちを観察して行くうちに違和感を覚える様になる

 

とても不自然な感じがする

 

そしてクラスメートたちをコントロールしいる真っ黒い女子の存在を見つけた

 

この時学んだのはそれだけではない

 

窮地に立たされた時に

 

実はそこにはチャンスも隠されている可能性を何度も発見した

 

窮地はチャンスというのはこう言うことだろうか

 

勿論現状は窮地のままだ

 

隠されたチャンスの可能性は可能性でしかない

 

みつけたなら試してみたくなるのは人情だ

 

ところが、そのチャンスを必ず生かせるとは限らない

 

何度も失敗した(;¬д¬)|||

 

チャンスを生かすには修練が必要だと学習した(=◇=;)

 

それも逐一ノートに書いて

 

何故失敗したのか、どうすればそのチャンスを生かせたのか

 

一人反省会の原型はノートを真っ黒にするまで書き続けた

 

その一つ一つは直ぐには影響しなかったが

 

数ヶ月を経て少しずつ

 

私の対応の変化で影響が出て来た

 

実家へ生還する頃には

 

攻撃された時はその場で確実に反撃できるようになった

 

勿論反撃の方法は数個浮かんでいる

 

どれを選択するかに少しばかり時間を有する位だが

 

結局直感閃きタイプは即座に最適解を感覚で見つけてしまう

 

結果的に反射神経で対処している感じになった(-_-;)

 

クラスメートの中で比較的大人しくて優しい感じの女の子が

 

実は周りのクラスメートの心をコントロールしている事を見つけるまで

 

期間は掛かったが辿り着けた

 

自分の意見をはっきり言えないような気の弱そうな女の子だ

 

誰一人彼女にコントロールされている自覚は無く

 

みんな自発的に私を嫌い攻撃していたと思い込まされている

 

私も驚いたというか戦慄さえ走った

 

尻尾を掴んでも直ぐにすり抜けられてしまう(((゜д゜;)))

 

これは擬態だと気がついたが

 

知能は異常発達している狡猾な彼女との攻防もノートに逐一書いた

 

どう攻略すべきか何度も何冊も描いてやっと

 

捨て身でなければ勝てない相手だと知る事になった

 

これをチャンスと捉えるか絶望と捉えるかで

 

その後の動きは変わる為結果も変わる

 

元々それほどこの世界に執着心は持っていない事にも

 

その時気がついた

 

それからノートのお陰で真っ黒い女子の性質と弱点も見えて来た

 

ノートを再読する事は俯瞰で自分を観察する事に等しいと学習した

 

マジョリティは生への執着心が強い人が殆どの中で

 

私の様にそれほど執着していない存在は予測がつき難いようだ

 

真っ黒い女子の反応から

 

どうやら私のようなタイプは彼女には予測が出来ないようだ

 

直感閃きタイプは予測不能な一面がある

 

本人でも予測できないのだから他者が予測出来ないのも同然だ

 

となればそれを最大限に利用する事にした(ΦωΦ)

 

後々弟に話をしたら

 

「まるのように頭の悪い何をしでかすかわからない危険な人間を敵に回したのはその真っ黒い女子の敗因だろうな」

 

頭の悪いのは奴にとってはそうだろう、何をしでかすかわからないとは

 

私自身も理解していないから納得も行く

 

 

しかしパー

 

「危険人物とはなんだ」ヾ(。`Д´。)ノむかっ

 

私は両手の親指と人差し指で奴の両頬を思いっきり抓ってやった

 

なすがままの弟があまりにも滑稽で笑ってしまった(>▽<。。)ノ))

 

 

私はこのノートに書く一連の習慣の有用性に気がついてから

 

兄の助言もあって進化された

 

社会人になって、実力派と呼ばれた先輩に出会ってから

 

反省することの重要性を学んだ

 

プラス思考へ傾き易い体質の人間は

 

実は反省しない(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

そんな個性の人がプラス思考を目指そうものなら

 

ますます反省しなくなる

 

幸い私はメモ魔でノートの反省会のような事をして来た

 

また、現実をシビアに直視する訓練にもなっていた

 

反省する基礎になっていると気がついて

 

それを反省会にまで進化させた

 

1日でも反省するネタは結構あるものだ

 

その先輩は色々と私に聞かせてくれる様になった

 

「人間反省しない奴は成長も遅くなる、失敗からも成功からも学ぶ必要がある」

 

不器用で一から一つ一つ丁寧に実力を構築しながら

 

実力派と認識されるまで頑張って来た生き様は私には格好が良いと思えた

 

私とはまるで違う生き方だ

 

高校生の時に私は

 

自分の考えが全てではないと学習した

 

こう言う生き方もまた素晴らしいと感じた

 

そこで反省する事に向き合い

 

反省することのメリットとデメリットにも気が付いた

 

反省する事にもリスクがある事をあまり聞かないが

 

私には見えている(;¬д¬)|||

 

そのリスクを回避して

 

私は私なりの反省する方法を模索して

 

一人反省会を行う事にした

 

自分の価値観を絶対視する人の特徴としては

 

自分以外の価値観を持っている人を否定してしまう

 

自分の価値観を絶対視して自信に溢れている人

 

そう感じる人を批判せずにはいられない

 

そのやり方は人それぞれだ

 

相手の考えを否定する考えをぶつけたり

 

そんな生き方そのものを否定する様な言葉で否定する

 

直接攻撃する人もいるだろう

 

そうしてしまう人も実は

 

自分の価値観を絶対視する傾向が強く

 

またそれ以外を許さない性質が強い

 

私も自分の考えを絶対視してしまう悪癖がある

 

高校生の時世界は立体的に存在していると理解できるきっかけを得て

 

自分の見えている世界はこの世界の一部に過ぎないことを思い知った

 

それで成功してきたから、その生き方こそ永遠の真理だと勘違いする

 

それは心理の一部に過ぎないのだ

 

その事を常に自戒する事にした

 

これは一人反省会で自分に問う事にした

 

実力派と呼ばれた先輩の言葉を記載してみる

 

「反省する習慣のある奴は、たとえ間違えても気が付く、ズレても軌道修正する、過ちを犯しても正しい道をまた歩き出せる、人間ってのは間違いながら学習して成長して行くものだ、その時反省する姿勢は強力な武器になる」

 

これは彼が自分を自戒して

 

一つ一つコツコツと努力を積み重ねて来た考え方の軸のように感じた

 

残念ながら私は彼とは個性が違う

 

だから同じ様に生きても同じ結果にはならない(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

そこで私に合わせて変形させる必要がある

 

彼は失敗から多くを学び次に生かして実力を構築して来た

 

私の反省会はそれだけではない

 

どちらかと言うと未来へ向けて打って出る為にある

 

反省とは過去の失敗や成功から学び次回に生かす事だと

 

師匠の様な元上司からも学んだ

 

「気をつけなければならないのは落ち込む事が反省だと言う風潮に呑まれない事だ」

 

師匠の様な元上司の反省の捉え方は

 

同じような間違いを犯さない為の教訓として生かして初めて

 

反省したことになる

 

しかし、落ち込む事が反省していると認識する人は

 

落ち込まないと反省していないと勘違いする

 

つまり反省の基準は落ち込んだかどうかなのだ

 

そう言う勘違いを自他ともにしている関係では

 

何度も同じ失敗を繰り返す可能性が生まれる

 

その人はただ落ち込んでいるだけで反省したと思い込んでいる

 

何の対策も練っていないから同じ間違いをまたやらかす

 

一方少しも落ち込まない人は反省していないと勘違いされ易いが

 

教訓として対策を練って次回に生かす事が出来れば

 

同じ事にはならない(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

ところが落ち込まないから

 

「こいつは反省しやがらない」と判断して

 

例え同じ失敗をしなくなってもそのイメージが強く残り

 

それが色眼鏡になって反省しない人というレッテルが貼られる

 

私もそのレッテルを貼られまくっている

 

ただ師匠の様な元上司だけは

 

私が反省して二度と同じことにならない対策を練って事に当たっている

 

その事をしっかり認識していた

 

同僚や先輩からは色眼鏡で見られて責められる場面もあったが

 

ムカついたのでつい

 

「落ち込む事が反省ではない、反省するのに落ち込む必要なんてどこにもない」

 

そんな言葉が口から出てしまい

 

更に誤解を拡張させてしまい先輩たちを怒らせた事があったが

 

「お前らこいつが同じ失敗をした所を見た奴はいるか」

 

こうして問題意識を態度ではなく仕事の経過を振り返り考えるようになると

 

同じ事に二度となっていない事が判明した

 

その筈で私は必ず対策を練って同じ事には二度とならないようにしている

 

先輩や同僚たちがそのことに気が付いた時に

 

「これからは落ち込んでいるような態度をみるのではなく、そいつの仕事の経過をみるようにすれば、そいつが反省しているかどうかが理解できる」

 

態度だけ落ち込んでいても、また同じところで同じ失敗をすれば

 

それは反省した事にはならない

 

この考え方はある面かなり厳しい(=◇=;)

 

何故ならどんなに落ち込もうが、同じような問題にぶち当たった時

 

同じような事にはならないと証明しない限り反省した事にはなっていない

 

次回に生かさない限りその失敗は取り戻したことにはならない

 

先輩も同僚もそれに気が付くと顔色を変えている

 

反省とは感情と切り離して捉える必要がある

 

落ち込もうが自己嫌悪になろうが反省とは何の関係もない

 

それを教訓として次回に生かさない限りその失敗は生かされていない

 

つまり反省した事にはならない

 

意外と落ち込んだ姿を見て

 

反省しているなそろそろ許してやるかと判断する人が多い

 

そして

 

その人が同じような失敗を繰り返した時に初めて

 

「こいつは少しも反省していない」と判断を改める

 

私は後輩を任された時には

 

失敗をしたときには

 

何故このような失敗が起きたのかを書かせた

 

次にではその対策はどうするか考えさせた

 

決して叱らない(。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ

 

落ち込んでいたり自己嫌悪や自分を責めている姿は無視する

 

またそれらは反省と何の関係もないとハッキリ伝えた

 

奴らは最初驚いていたが

 

原因追及と対策を書かせた事で

 

そのうち理解できるようになった

 

こうして失敗を肥やしにして成長して行く可能性が生まれる

 

折角失敗したのだから

 

それを肥やしに成長しなければ勿体ないぞとその都度言ってみた

 

師匠の様な元上司同様に

 

失敗やミスをした部下を決して叱らない

 

叱らない事が優しいと勘違いする人もいるが

 

実は叱られた方が楽なのだ

 

許された気持ちになれるから

 

ところが少しも叱らないとなれば

 

いつまでも許されたような気持にはならない

 

強烈なプレッシャーを背負うことになる

 

奴は相当厳しい(=◇=;)

 

ただ師匠の様な元上司は必ずその部下が反省出来るチャンスを作っていた

 

私も彼に習って後輩たちに挑戦する機会を作る事にした

 

奴は偉そうだったが、本質は優しい人だった

 

私は腹黒である自覚はある

 

それなら腹黒流で行こう(ΦωΦ)

 

師匠の様な元上司と私とでは個性が違うから

 

同じ事をしても同じ結果にはならない

 

だから私の個性に合わせて違うカタチにアレンジする必要がある

 

私は短気であり思ったことを顔や態度や口から出る

 

それは誰もが認識している事だが

 

その私が少しも怒らないのだから

 

当然後輩たちは何かしら思う所も生まれる

 

私が取り組んでいるのはその失敗ではない

 

今後この失敗をどう生かすか後輩たちに意識させている

 

そしてそちらしか見ていない事も

 

やがて後輩たちも認識するようになった

 

本当の反省の意味を理解して行く

 

ほぼ奴と同じ結果になるように私の個性に合わせてアレンジした

 

反省とは失敗を肥やしに自分を成長させる可能性を生み出す行動だ

 

私はそれだけでは勿体ないので

 

今度はそこから発展させてもう一工夫してみる

 

次回に生かす対策だけでなくそこから学んだ事を

 

違う可能性として生かせるかを考える事にした

 

こうして可能性の振り幅を大きくして行けば

 

さまざまなアイデアが瞬時に浮かぶようになる

 

アイデアが浮かぶ人は実は問題意識を持って

 

あらゆるものを観察している人で

 

それを応用して何か別の事で生かせないかをその都度考える習慣がある

 

アイデアなんて棚ぼた式に出て来るものではない

 

これは原因と結果の関係で

 

アイデアが次々に生み出されるには必ず原因がある

 

私はこの反省会のなかでその原因を種を蒔いている

 

こうはすれば、失敗、やらかしもアイデアの苗床にする事が出来る

 

強欲な私は一つの失敗を一つのきっかけにして

 

新しい可能性をいくつも探り出す原因とする事にした

 

ただ失敗を反省して次回に生かすだけでに止まらず

 

アイデアの苗床として耕す行為として反省会の意味を付加した

 

これは私の個性に合った生き方である

 

私の個性に合ったやり方なので

 

個性は千差万別だから反省の意味ややり方もまた

 

千差万別であって良いと思う

 

自分に合った反省の在り方を向き合って考えてみてはどうだろうか

 

これは時間の無駄にはならないと思う

 

ここへ来てくれた人たちにとって

 

有意義なGWを送られますように

 

祈りを込めて

 

まる☆