音楽と言語と料理と看護 | iroiroブログ

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ワクワクもドキドキもモヤモヤもヒヤヒヤも
感謝と笑顔にカエル人生おくります

おはようございますニコニコ

平日、たまに最近1人朝活しています。

朝なら安く借りれる
ピアノスタジオをかりて

基礎練。
同じ音を惜しげもなくずっと鳴らしています。

安いとはいえ、お金もかかるし、行くのめんどくさいし、家にもピアノあるじゃん!って話なのですが。

朝早く、スタジオで、ピアノを弾くと
抑うつサイクルから少し脱却できます。
日光も浴びれるし
無理矢理朝から外に出る用事を作っているので
引きこもらなくていいのかもしれません。

これぞセルフ音楽ケアやね。
(弾く音がケアになるというよりは、音楽をするという行動でおこる自分の全ての動作や思考、感情が肉体的、精神的健康の回復に影響してるようにかんじています。)

スタジオは練習の雑音を惜しみなく出せるし、グランドピアノを弾ける開放感がたまりません。で、今はスタジオのグランドピアノでブルグミュラーを弾いてます。ピアノに心で話しかけながら。ふふふ。ピアノは生き物らしいので。

私は首と肩を痛めていて
無理したらあかんなぁというきもちがあるのですが。反面、できなくなるとしたくなるという心理作用も働いていて、やる気はなかなかなものです 笑

で、昨日、ジャズの公開レクチャーがあったので
行ってきて、うる覚えのOver The Rainbowを先生や生徒さんの前でひきました。

ニコピアノ弾きたいなぁ、なんとか音楽でおしゃべりしたい、楽しみたいと思っている自分

ニコ趣味だし別に聴いてもらえなくてもいいや、自分が楽しめばればという自分

ニコそんなことよりもまず止まらずに弾けるようになりたいと技術レベルの劣等感を背負ってる自分

全てが演奏に出ていたみたいで。
今の私の演奏をきいた先生から率直で鋭いたくさんのアドバイスをいただきました。

ただ、先生のアドバイスの中に出てくる音楽用語の意味や、スケールや転回コードで抑えている鍵盤の位置などは、ふだんから使い切れていないわたしにとって、外国語を聞き取ろうとしているような靄のかかった状態で。ちんぷんかんぷん。

先生は、レクチャーに来ている人に
音楽を学ぶことと言語を学ぶことは似ているといっていました。ボキャブラリーが必要で。でもそのボキャブラリーを使いこなすには何度も聞いてフレーズの塊をたくさん増やしていくといいと。

コミュニケーションの上で必要な音楽用語はせっせと自分で身につけるしかないなぁとおもってます。。

そして、技術面のアドバイスもさることながら
何よりも胸に響いたのは
わたしの演奏に対して、先生から
「フレーズやコードよりも先になぜこの曲を選んだのか、この曲をどんな景色で弾きたいのか、そしてきいてくださる人にどうきいてもらいたいかという心を、まず作りなさい」
と言われた事でした。いまのわたしには何より基礎練こそ最重要と思っていたので、それに準じた助言が来ると構えていたところ、全くそれ以前のそもそも演奏に対する姿勢を指摘され、うなだれるばかり。

帰って早速レクチャーの内容を聞き直してみると、聞き取り違いしていたり、ぼーっとして聞き逃しているところも箇所も多く、あぁ、先生はこんなことを教えてくださったんだとすこし冷静になれました。

人前で演奏する曲というのは
人に料理を出すのと同じだと。自分の食べるものは1ミリも作らないで100パーセント人に食べてもらう料理を作るんだと言われたのも納得。
その感覚でさっき自分の弾いた曲を振り返ると。。。残り物をかき集めた冷や飯で。自分1人で食べるにはなんの問題もないけど、人にそれをつまんでもらっていたと思うと申し訳ない…

わたしの中では人前で演奏する心構えなんて全くなかったし。大人になって始めたにしては弾けるやん、と褒めてもらえたらそれでいいくらいにおもってて。発表会さえ乗り越えればくらいにしか実際練習してこなかったので。

せっかく練習かさねるなら、もうちょい背伸びしてもいいんだなぁと。常々その意識は持って行きたいなぁと感じました。

30歳で決めた、60歳弾き語りデビューの夢のためにも。

ニコ趣味であっても、聴いてもらう人へどんな願いを持つのか、自分の音をどう聴いてもらいたいのか、自分の奏でる音楽をコミュニケーションのひとつとして成り立たせたい自分。(実は現場看護師時代、ホスピスでピアノを弾けるようになりたかった自分につながる大切な気持ち。)

これ、大切にしたいとおもいます。

話はかわり

数日前、ピアノを習い始めた10年前の録音を聴く機会がありました。録音していたくせに、自分の演奏を聴くのが嫌でほったらかしていたデータでした。

もうこの世にはいない師匠の声や、当時ちゃんとわたしに教えてくださった内容がふきこまれていて。師匠の言い伝えを真面目に復習しておけばよかったなぁと。そんな反省とはまた別に、驚いたのは自分の音色が技術面な抜きにして、自分の音色なのに他人の音みたいにキラキラノリノリに聞こえました。

それはきっとなくなった師匠や教室から溢れていたパワーのおかげだとその時は思っていたけれど。昨日レクチャーをうけて、それだけじゃないなぁと。

音色には、私自身の思考の変化や何に向かっていきているか、が出るんだなぁと。
それが音色に出てたのかなぁなんて。

自分が経験した景色や出来事、あとは創造力を大切に音楽に響かせれるように

意識をすこし変えるだけ。
あとはその意識を大切に持ち続けること。
習慣化。

やりたい事、楽しみは
希望を持ち続けることで
増えてくるとおもってます。

休み休み
できる事をしっかりと
コツコツやっていきたいなぁ。

タイトルに看護って最後につけたのは

人に提供できる音楽を身につけるプロセスが
看護学校にはいって、基礎知識をつけたり、実習したり、相手のことを大切に思う気持ちをはぐくみながら、看護のアセスメント能力をやしなったり、ラポールさせたり。看護師になってからもずっと修練が必要で。対象の健康能力を回復させるプロセスと頭の中でかさなったからです。私は看護師畑しかないので、そことリンクさせることで、音楽のモチベーションをあげてるようなきもしてます。

音楽も言葉も料理も看護も
相手がいるからこそ。

利益不利益を抜きにして

ただ、そこにいる出会いに
純粋に気持ちを注げていけるようになれたらいいですなぁ。

今日は天気もいいし。
家事が早く終わったので。

久しぶりに自分の趣味について

よがってみました。