豊前国の国境石を巡りて | 九州より愛をこめて… 

九州より愛をこめて… 

東京育ちの視点で九州での出来事を綴ってます!

こんばんは、デジkota9です!

 

 

 

今週の日曜日がオフでしたので、北九州方面へ国境石を巡りに行ってきました。

 

いったい全体 国境石とは何ぞや?

 

かつて律令制における国分けがされていた時代にはワタシが暮らす宇佐から

北九州市の一部にかけて豊前国と呼ばれていました。

国境石は国の境に印された石柱でありまして、

豊前国との国境を辿ってみようと思い立ったのです(°∀°)b

 

 

 

 

 

まず一つ目は戸畑区の図書館すぐ脇にある国境石。

”従是東豊前国”と記されていますね。

 

 

 

 

 

 

 

二つ目は中央公園の金比羅池。

境川を境に小倉北区と戸畑区で分かれているようで、

境川の延長線上にある金比羅池は豊前と筑前の境となっています。

 

 

 

 

 

 

三つ目は三条の国境石。

こちらは邸宅が並ぶ閑静な住宅街の真ん中に、1区画のみ

こうして史跡として住宅地の中に使われています。

贅沢ですね〜デレデレ

 

ということは今は一つの住宅街だけど、廃藩置県前の150年ほどに遡ると

ここを境に違った国になっていたのでしょうか?

いえいえ少し歩くと石垣の濠がありまして、板櫃(いたびつ)川が通っています。

この板櫃川は小倉北区と八幡東区を分けているのですが、

今は同じ北九州市内の両区も

 

小倉北区・小倉南区・門司区が豊前国

戸畑区・八幡東区・八幡西区・若松区が筑前国

と、別の国だったのです。

 

住宅街のど真ん中が国境ではなく、板櫃川の脇に設置されていて、

その後ここが住宅街になったと見るのが正解なのでしょう。

 

 

 

位置をおさらいしていきますと…

 

 

ザックリとですが国境を線引きしました。

星印が上から

 

戸畑区の図書館の国境石

金比羅池の国境石

三条の国境石

 

となっております。

 

ひとつだけ国境から離れた星印の戸畑区の図書館の国境石は

ここが本来の場所ではなくて、境川の川中にあったものが大洪水で流され、

後にこちらの敷地へ移設されたもののようです。

 

このような豊前との国境石はまだ他に北九州市内に10カ所ほどあるとの情報も…

結構あるもんですね!

 

 

 

 

 

では豊後国との境はあるのかと言いますと、ありまして…

 

 

國界標が大分県宇佐市と杵築市の境に立てられているのです。

 

始めにも書きましたが、元々豊前国は宇佐まで南に延びていました。

豊前国は後に小倉県となり、そして小倉県が福岡県に編入されると間もなく

山国川以南の現在の中津市と宇佐市は大分県に編入されるという歴史がありました。

 

 

過去に自転車で訪れています

https://ameblo.jp/maru3kota9/entry-12016937273.html

 

従是西豊前国

従是東豊後国

 

そんなわけで鉄道の駅も宇佐市内では豊善光寺駅や豊長洲駅が存在し、

東隣のまちは豊高田市だったりします。

 

 

そんなかつての国境のまち宇佐には豊前国の一之宮

宇佐神宮があります(`・ω・´)b

 

 

 

豊前国の神社を調べていくと、

何やら由緒ある延喜式神名帳というのに記されている豊前国の神社6座のうち

3座が宇佐神宮で、もう3座が香春神社なのだそう。

 

 

 

 

 

ということで香春神社にも行ってみましたグラサン

 

 

イチョウが植わっていまして

銀杏の匂いが秋を思わせます。

古来より宇佐神宮と共に豊前国を代表する大神社だったようです。

 

 

 

 

 

さて、ここでちょこっと小腹を満たしたいところ。

田川方面まで来ましたので、久しぶりに行ってみたいお店がありました♪

 

 

 

ホットドッグ吉河の激辛ホットドッグを食べに来ました(^o^)

こちらのお店は自分のオフと同じ月曜日が定休日で、なかなか伺えないのです。

 

9年ぶりの訪問でした

https://ameblo.jp/maru3kota9/entry-10673317855.html

 

 

ホットドッグ自体も旨いのですが、辛さを増すこともでき、

10倍から30倍・50倍、MAXで100倍まであり

50倍を越すと「健康に支障があっても責任持ちません」とか

「イタズラ目的に使いませんように」という意味での誓約書にサインをするようになります。

(何を持ってして100倍かはわかりませんが、100倍はとにかくめちゃくちゃ辛いです!)

 

今回は10倍にしました(´∀`)

 

 

 

 

さて、国境巡りはまだ続きます!

筑前との境はまだありまして、今度は筑豊の方へと行ってみます。

田川郡がかつての豊前国でありまして、隣接する小石原(現在の東峰村)は筑前国でした。

 

 

こちらの国境石は境目石とも呼ばれていまして、道路から30mほど

杉林に入ったところにあります。

 

 

 

 

田川も同じ豊前国。

英彦山も小倉城も門司港あたりも宇佐神宮含めて豊前国だったのですね!

ただし門司港や田川が繁栄していくのは廃藩置県の後ではあります。

 

豊前国が陸で接するのは筑前国と豊後国のみ。

筑後国とは接していないようで、あとは関門海峡を挟んで

長門国(山口)と接しているのみです。

 

 

 

ちなみにこの境目石のある杉林は行者杉という杉の大木が本来の見どころで、

自転車で来られていたご年配の方々は

杉の大きさに大変感銘を受けていた様子でした(・∀・)

 

 

 

 

 

 

最後に豊前国の国府が置かれていたところへと行ってみることにしましょう。

 

豊前国の国府… 小倉? それとも田川? はたまた中津?

 

 

 

いえいえ、豊前国の国府は京都郡みやこ町(旧 豊津町)だったのだそう。

国府のあったこの地には国分寺もありましたが、現在は寺跡が残され

明治時代に建てられた三重塔が目立ってあるのみです。

 

国分寺という寺の位置づけはよく知りませんでしたが、

国分寺は、741年に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、

当時の日本の各国に建立を命じた寺院だそう。

 

国分寺の建設地選定の条件の一つに国府に近いことも挙げられ、

豊前国の国府の名残を感じられる唯一の場所とも言えるのかもしれない…

そんなふうに思いました。