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シノアリスの超役に立たない攻略ブログ

シノアリス日記と攻略を
ゆる~く更新中(´▽`)ノ

前回の続き


簡単に説明すると死にかけて別人格が誕生

その後の約20年間は記憶が無いです。

その後彼がどうやって過ごしたか?

病気で中々精神的にも折り合いがつかず過ごした7年間

両親とも上手く行かずああなったわけですが

空白の時間は楽しい思い出だけではなかったみたいです。

色々と手探りで小学校を過ごしていたらしいです。

だから、病気の事で差別にあったりしたみたいで

3~4年生の時は担任の先生から○○君は頭がおかしいから喋らないようにバカがうつりますよ。

とか

夏はプールの時間は保護者同伴じゃないとプールにはいっては駄目だとか。

兎に角病気で頭がおかしい子と言う認識されており

自然と周りの同級生は離れて行きました。

そのせいもあり孤独な小学生時代を過ごしたらしいです。

虐めにも当然会いましたがやられたらやり返すと言う事しか頭になくそのあたり凄い苦労したそうです。


中学上がる時にある先生から授業中出て行かないようにと約束をしたらしいですが。

速攻でやぶったらしいです。

まぁ小学生の時の悪行と悪評に晒される結果になったそうです。

病気はと言うと頑張って薬を飲み続けたお陰でだいぶ症状もよくなりましたがとにかく同じ小学校卒業した子達が別の小学校から来た子達に悪く言われ、あいつに関わるなと言われた結果

ボッチになったらしいです。

当時は孤独が楽と考えていたので良かったみたいですが、ほかの学校から来た子達は物珍しかったのかよく絡まれました。

そんな時同級生で不良のトップにいた子気を使ってくれて「あいつに絡むのはやめろ、喧嘩は強いし何よりもやられたら必ずやり返してしつこいからバカだけはするな」そうです。

レスリング小学校5年生まで通ってたんです。

全国大会優勝も何度かあったらしいです。

そのあたり詳しく教えてくれないんですよね。

何でか知らないけど

なので中学時代無事にフォローもありながら最後の3年生春までは色々と隠しながら相変わらずオンリーワンで過ごせていたのですが同級生が偶然?プロレスが好きな子がいて自分にプロレスの技をかけさせて欲しいと言ってきたらしいので「良いよただ痛くなったら技返すけど良い?」と聞いたら「良いよ」と合意の上で技にかかり「痛いからそろそろ技返すけどいい?」と聞いたら「返せるものなら返してみろ」と返答がありわざを返したら鼻が折れて前歯も2本失う流血事件発生させてしまったらしく色々と大変な思いをしたそうです。

その後周りは一変したそうです。

そんな最後のオマケみたいなエピソードが付き中学生活は幕を降ろしたそうです。


高校は専門学校に行ったそうです。

小学中学と病気は良くなっていったらしいのですが何故か物覚えが悪くなったらしく勉強が出来無い子になったらしく両親からの説得もありこれからは資格が色々役に立つからと専門学校を進められて特に目標もなくやりたいように生活してたらしく将来について全く考えて無かったそうです。

周りは知らない人ばかり!

ガチボッチの最底辺を生きていると自負してたらしく。

相も変わらずガチボッチ道まっしぐらだったのですが!

なんとΣ(゚д゚こんなのも入れましょう。

初めて同級生から声をかけて頂いたそうらしいのです。

そして初めての同級生のお友達が出来たそうです。

なんでも半年間誰とも話してなく1人でお昼を食べていて可哀想だったからだそうです!

うん、まーでもその後意見相違と言う理由から別れてしまうのですがそこから更にお友達の輪が続いたんですよ。ゲームと辞典辞書が大好きなちょと変わった人だったらしいです。そこで人生初のゲーム好きの人グループに入る事が出来これまた人生初のゲームセンターデビューして格闘ゲームもまさにストIIが出たばかり何もかも新鮮だったらしくハマったそうです。

そして、ゲームセンターの師匠的な人に又人生初の東京ゲームショウに連れって行ってもらいグッズ買ったり新作のゲーム試遊したりパンフレットもらったり無料配布のグッズもらったりと大型イベント初参加したらしいです。

でも相変わらず人生の目標と言うのも決まらずに淡々と過ごす日々何故なら自分が何者か解らなかったからだそうです。小学1年生の時風呂場で誕生して以来結局自分が自分なのか解らずただ流されて何となく病気を克服する努力をしてきて明日は又記憶を失い

などと考えてた時期でもあったそうです。

でもまぁそれでも高校とその上の専修課程の、5年間は楽しかったそうです。



ブラックサージナイトを実際やってみてリセマラ

結局どれが良いと言う事を書きます。

あくまでも自分の感想なども踏まえてです。

まずリセマラのやり方は

ゲストではじめましょう。

いきなり紐付けすると取り返しがつきませんので

で肝心のリセマラですがwikiみてもらうと

こうなってますが結局どれが良い?

どのキャラ優先?

どのキャラ強くて使える?

等疑問はあります。

結果どのキャラも強いです。

でも優先順位は有ります。

入手順ですね。

先ずは結果から言います。

ミッドウェイです。

先ずはこのキャラを今現在は狙いましょう。

このキャラはピックアップされており最初のリセマラでの50連で十分狙える上にはいドーン

wikiでも載っていますがとにかく強いです。
では他のリセマラキャラも強いですがゲームを初めて2日目で手に入ります。
今現状です。
フレッチャーはリセマラ中に一緒に手に入りました。
ユニコーンはプレゼント開封で手に入ります。
他のリセマラキャラはまずリュッツオウはストーリー進めて行けば比較的簡単に手に入ります。
ログボ2日目に選べる3人の中に入っています。
シャルンホルストもリセマラで全てのチケット使ったとしても2日目ほどプレイしていればこのゲームのミッションをこなしていれば又簡単にチケット10枚手に入るので引き直しガチャで簡単に入手出来ます。
じゃあSSランクのキャラはと言うと翔鶴はログインボーナス日目で入手可能です。
なので実質アークロイヤルだけが入手しづらいと言う結果に微課金or無課金の方なら妥協しても良いかなと思います。回復キャラと大きなくくりでバッサリ行くならチュートリアルで手に入る
でも充分活躍してくれます。
リセマラキャラ全て入手すれば個人感想ですが激的に楽になります。正直ミッドウェイだけでもかなり楽に進めて行けるのですがリュッツオウが居るだけでタンク役としてかなり違いますし、シャルンホルストが居れば単体撃破特に後方ボスへのダメージ撃破は優秀とミッドウェイは読んでもらえるようにランダム3回攻撃と書いてありますが実際の使用感は手前のいる敵に対しての撃破力が高いです。対ボスには耐久値を下げ撃破力に貢献と幅広く活躍してくれます。

ちなみに画像の一部はwikiから抜粋しております。

前回の続き


先ずこれは自分が忘れない様に書き込んでいるのが第一です。第二に親族に向けてです。

なので読んでもらっても大丈夫ですがあまり面白くないと思います又コメントなどは自由に書いてもらってかまいません。感想などでも全然受け付けます。


さて前回は小学校に入学した所まででしょうか。

此処からはややこしいのですが、先に少し注意しなければなりません。

◉自分の記憶のお話

◉もう一人の自分から聞いた話し

に途中から分かれます。ポイントになったら説明をし直しますのでよろしくお願いします。

では


自分の記憶の話し

小学校に上がって退屈な日々でした。

だって授業が理解出来ない。

そもそも疑問だらけでした。

と、その前にテストなどは全て100点でした。

なぜなら、授業中の事思い出せばいいだけだかね。

流石チート脳さて冗談は置いといて

理解出来ない部分ですが

例えば1+1=2何故?

誰が何時何処でどんな時決めたの?

そもそもなんでそうでなければならないの?

疑問でした。

先生に聞いても答えてくれませんでした。

母親に聞いても納得いく回答は得られませんでした。

りんごやみかんの話しで話してくれましたがウッう〜んと言う感じでした。

まぁ他にも疑問は多々有りましたが割愛させて頂きます。

変わり者と言えば変わり者でした。

後相変わらず元気な子で毎日クラスに入りランドセルを自部の作ったに置いたら。

男女問わず目に入った人から片っ端に殴りかかりました。いや〜なんでだろうイライラしてたのは確かです。

何にと問われれば今思うに自分以外の人が幸せそうだったからだと思うからかな。

だって周りの人達は毎日薬は朝昼夜と飲んでなかったですし当時体力作りと言う理由で毎朝走ってなかったし、お小遣いもまわりはだいたい1日100円でしたね周りの子は僕は毎朝マラソンして10円でした。後はまぁ僕自身の素行の悪さもあいまって陰口言われたりした事が原因だと思います。

そんな日々を送ってました。

なので友達も少なかったです。

幼馴染が2人保育園からの友達が1人でした。

でも小学校に上がると中々会う機会がなかったですね。

新しい友達が出来てそっちの子と遊ぶ様になったりして家で過ごす事が多くはなかった。

どちらかと言うと家に帰りランドセルを置き外に出かけてました。

外は凄い刺激的で毎日飽きませんでした。

一人で遊ぶのが多かったですが。

それでも楽しかったですね。

ミツバチの蜂蜜を取りに行って食べたり。

野良犬野良猫と遊んだり。雲ただ眺めたり

夕日を見たりかなり些細な事で楽しんでいました。

後時にはでもないか、時間について考えたりしてました。未来現在過去が正しいですか。

その瞬間瞬間を楽しんでました。それについて考えたりそんな時風が横から吹いて来ると未来と現在と過去を見た感じがして楽しかったです。

それと比較的に夕方に帰りませんでした。

5時に帰ってきなさいとよく言われて5時に帰ってませんでした。なぜなら僕の中での解釈でしたが現地を毎回5時に帰ってました。なので近所なら問題はさして無かったですが、ほぼほぼ毎日片道1〜2時間の場所で遊ぶ事が多く知らない場所に行くのが楽しくて遊ぶ場所も固定されず子供で行くのは間違い無く失敗すれば死ぬだろういや大人であっても死ぬだろう場所をわざわざ選んで遊んでいました。少し前にふわっとした話しも書きましたがそれらを同時にやっていました。

なので毎日怒られていました。

夕方からの過ごし方は比較的に多分周り子供と大差無いと思います。

アニメみて、夕飯食べて、比較的律儀?母親に宿題やれと言われやって、お風呂に入り、9時に寝るでしたね。


そんな日々を送っている中事件が起きるのです。

いつものように道草食いながら家に帰りランドセルを置き、これもいつもの日課貯金しているお金を見る。

そうなんです、毎日朝のマラソンのお小遣いを貯めていたのです。10円ばかり貯まるのは大変なのでいくらか溜まったら100円玉や1000円札に替えてもらってそんな箱に黙っていくお金が楽しくて仕方ありませんでした。お年玉は毎年母親が郵便局に入れてくれていたので正直興味無かったです。

それよりも毎朝のマラソンの10円のお小遣いが貯まるのが楽しかったです。

3千円ほど溜まり何を買おうか悩んでいた時いつものルーティーンで箱のお金を見るで見たら無かったのです!

朝見て箱に10円をしまい帰って来て見たらなかったのです!混乱しました。

母親がその日はいたので尋ねました。「箱のお金がないんだけど知らない?」そしたら「お金なら借りたから」えっ「じゃあ返してよ!!」と言ったら「どうせ、無駄使いするんだから郵便局に返しとくね」納得がいきませんでした「今すぐ返せ!」に対して「今はお金無いから無理」くそっーて思いました。理由も聞きました「新聞屋の支払いに使った」との事もう泣く事しか出来ませんでした。そうしてお金は貯めていると誰かに使われるとすり込まれました。

そんな誕生日がやや過ぎた頃の嫌な出来事でした。

自分の誕生日は5月12日なのですが弟も5月25日とあって毎年5月25日お祝いする事になり12日の誕生日は特に誰からか祝いの言葉もなく普段と変わらず過ごすのが当たり前でした。

なのでいつも1人で祝ってました。

まぁそれは今も変わらないのですが。


そんな誕生日が過ぎた6月半ば位ですか弟が熱を出したので母親が弟を前に僕を後ろに自転車に乗せて行きつけの病院に向かっている最中ちょうどガソリンスタンドを横切ろうとしてガソリンスタンドをまさに通過する時自転車の車輪が溝にはまってしまいそのままガソリンスタンド側に倒れてしまいました。

倒れる瞬間体を守る為に左腕着いた瞬間ガクッと外れてしまいました腕の関節が外れてしまいました。

お母さん曲がらないよて言ったら母親が曲がらない腕を強引に曲げた瞬間皮突き破って真っ赤な血と共に骨が飛び出しそこで気絶次気がつけば病院のベッドの上結構血を持って行かれたらしく輸血したらしい。腕も曲がらない様にギブスで完全に固定されていました。

まぁそんなことより弟が心配でした。弟は大した怪我も無く病院で薬ももらい家で祖父母がめんどみているとの事でした。起きた時には父親も病院に来てくれていて「大丈夫か?」と聞かれたので「大丈夫」と答え母親も「本当にごめんね」と謝り「大丈夫だから」と答えてあげました。大事をとって約1ヶ月ほど入院して何事も無かったので退院ギブスを外すまでは更に3ヶ月ほどかかりましたが。その間夏休みに入り長崎の佐世保のおばあちゃんのいえを尋ねる事に、当時はまだ新幹線が大阪までしかたしかなく夜9時の寝台列車で佐世保に行きました。初めての事ばかりで興奮して寝つけず大変だった事を覚えてます。夜中にちょうど目が覚めてしまい駅に止まっていたのでどこか調べに歩いたら広島でした。廊下にある折りたたみの椅子を出ししばらく景色を眺めてとは言っても今みたいに明かりがあまり無い時代だったので真っ暗な景色が続き眠くなったのでベッドに戻り寝ました。

翌朝起きて食堂車まで行き朝食を食べて結局着いたのは朝の10時過ぎに着きました。

ス..ス...(゚Д゚(゚Д゚ノ(゚Д゚ノ)ノスゲー!!!はしょりますが初めての佐世保初めてのおばあちゃんおじさん達そして従兄弟従姉妹の面々挨拶周りからはがほとんどで観光らしい事は全く出来ませんでした。ただ唯一凄いと思ったのが潮の満ち干きでした。川が水いっぱいだと思ったら帰る時は全く水がなく底に下りられたからびっくりしました。

母親に「早く上がって来ないと溺れるよ」と脅されて渋々カニを摂るのもソコソコに弟と2人川から上がったのを覚えてます。

後そうですね。おばあちゃんの家が山の上にあったのにはびっくりしましたそこからの眺めが良くてたまにこっそり今もその景色を楽しみに見に行きます。

後はおばあちゃんと一緒に住んでいたおじさんの娘当時は高校生でしたがまぁ従姉妹のお姉ちゃんですね。おばあちゃんが朝のパンが無いので僕と2人で下まで買って来てと頼まれてましたがスッゴイ嫌そうにしてたの覚えてます。「1人で行けるよ」と必死におばあちゃんに説得し「一緒に行くのめんどくさい」と本人いる前で堂々と言われ少し凹んだのを覚えています。

佐世保の夏休みの思い出てこんなものかな。

そして、秋いつものように変わらずその日は18半位に帰宅そしていつものように母親が玄関で仁王立ちいつものように怒られ靴を脱ぎ謝ろうと玄関に上がった瞬間そこからは怒とうだった、首の後ろと右脇を抱えあげられ力技で強引に風呂場まで連れていかれ、間髪入れず水のはった昔ながらの底の深い風呂に頭を強引に風呂の底に押し付け10秒位したら引き上げ又間髪入れず押し込まれて抵抗するも無力で何も出来ずそれを何回繰り返したか覚えてないけど段々と力がはいらなくなりそして1度引き上げられて僕が母親から言われた最後の言葉が「お前みたいな言う事聞かない子死ねばいい」と言われ胸ぐら掴まれ今度は仰向けになるよう湯船に後頭部から押し付けられ首を締められ「あぁ短い人生だったけど仕方ないかな苦しいな辛いな」で意識を失ってしまった。


ここからがもう1人の自分から聞いた話し


苦しいなんなんだ、どうなってる?

水?沈んでる何故?それはともかく出よう。

風呂のなかにいる?いた?

そもそもここは何処で俺は誰なんだー

まずはいったんこの水風呂から出よう。

息が苦しいからまず息を整えて息を吸って吸えない

吐く大量の水が口から吐き出された。

とりあえず息を整えて

ふぅ

未だに状況が分からないんだけど

1なぜ風呂の中にいた?

2ここはどこ?

3自分は誰なんだ?

とりあえず安全?なのか?

音が鳴ってる方に行こう何かわかるかもしれない

扉を開けるとテーブルの上には食べ物とお皿が並べられてる。右手側の部屋に人がいる声をかけてみよう。

「あの」そうしたらボソッと一言「ちっ生きてたの」はっきりと俺は聞こえた今度はこちらにわかる音量で名前で呼ばれ「今度から早く帰って来なさい、早くぬれた服ぬいで新しい服に着替えてきなさい」と言われたのですぐに服を脱ぎさっきいた風呂場まで戻る洗濯機があったので服はそこに放り込めば問題ない。

体を拭くものは適当にこの辺りのものを使えば問題ないと思いたい。

後は服の問題さっきと反対の通路に行けば扉と階段この扉と言うより玄関か。

階段かな登るとまた通路先に扉左手にも引き戸解らないと思っていると左手側の引き戸から子供が出てきた「お兄ちゃん何してるの?」どうやら俺は兄らしい弟らしいその子から服のある場所を聞き服に着替え終わった事を母親らしい人に報告しにそうするとご飯の準備が出来た事を弟に伝えて来て欲しいと言われ言われるがまま階段を上がり弟を呼びに行くそして母親らしき人はやはり母親らしい「お母さんは仕事に行くからお父さんが帰ってくるまで留守番お願いね」と言われ出ていった。

食事も終わり父親が帰るまで留守番だ弟は楽しそうにテレビを見ていたが俺はそれどころではなかった。

名前わかった

母親もわかった

弟もわかった

父親もいる

とりあえず台所と居間風呂場にトイレ玄関に階段2階左手側は自分達の部屋奥の扉が未だ不明

そしてなぜ風呂桶の中で倒れていて水の中で仰向け吐くほど水飲んでいて母親の「ちっ生きていた」てそゆこと?何が?殺されかけて殺ししくじったて言う事だけしかわからん解らない事だらけで明日からどうしたらいい。


言うのが最初の目覚めた日らしい

らしいと言うのは記憶が無いからね

僕が次目覚めた時は28歳だったから

うーん簡単に言うと青春とか解らないんだよね。

懐かしさとかないんだよね。


忘れないようにぼちぼちもう1人の自分の教えてもらった空白の21年間を書き残しておこうと思う。