以前ここでも紹介した海外のアニメの美しい風景などを取り扱うサイト「AnimeBackgrounds」
にてその火垂るの墓が掲載されました。
・・・・どうしてこの火垂るの墓に出てくる1場面1場面の画像は胸がこう締め付けられる気持ちになるんでしょうね?
小学校の頃道徳の時間で「火垂るの墓」鑑賞の時は一人で拒否して教室に残った思い出があるなぁ。。
この火垂るの墓は原作があり、野坂昭如の体験からの小説だ。
この野坂さんのちょっと有名なエピソードをwikiから転載↓
『火垂るの墓』のベースとなった戦時下での妹との死別という主題は、
野坂昭如の実体験や情念が色濃く反映された半ば自伝的な要素を含んでおり、
1945年(昭和20年)6月5日の神戸大空襲により自宅を失い、家族が大火傷で亡くなったことや、焼け跡から食料を掘り出して西宮まで運んだこと、美しい蛍の思い出、
1941年(昭和16年)12月8日の開戦の朝に学校の鉄棒で46回の前回り記録を作ったことなど、少年時代の野坂の経験に基づくものである。
また野坂は戦中から戦後にかけて二人の妹(野坂自身も妹も養子であったため、血の繋がりはない)を相次いで亡くしており、死んだ妹を自ら荼毘に付したことがあるのも事実である。
しかしながら西宮の親戚の家に滞在していた当時の野坂は、その家の2歳年上の美しい娘(三女・京子)に夢中であり、幼い妹・恵子(物語とは異なりまだ1歳6ヶ月で、8月22日に疎開先の福井県で亡くなった)のことなどあまり気にかけることなく、中学生らしい淡い初恋に心をときめかせていたという。
また食糧事情は悪かったものの、小説のようなひどい扱いは実際には受けておらず、家を出て防空壕で生活したという事実はない。
野坂は、まだ生活に余裕があった時期に病気で亡くなった上の妹には兄としてそれなりの愛情を注いでいたものの、家や家族を失い、自分が面倒を見なくてはならなくなった下の妹のことはどちらかといえば疎ましく感じていたと認めており、泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったという。
西宮から福井に移り、さらに食糧事情が厳しくなってからはろくに食べ物も与えず、その結果として、やせ衰えて骨と皮だけになった妹は誰にも看取られることなく餓死している。
こうした事情から、かつては自分もそうであった妹思いのよき兄を主人公に設定し、平和だった時代の上の妹との思い出を交えながら、下の妹・恵子へのせめてもの贖罪と鎮魂の思いを込めてこの作品を著したのである。
なお、「節子」という名は野坂の亡くなった養母の実名であり、小学校1年生の時に一目ぼれした初恋の同級生の女の子の名前でもある。
また「恵子」という名前を、『エロ事師たち』の主人公の義娘の名前に付けたのも、妹への思いがあったからだという。
野坂は妹について次のように述べている。
「一年四ヶ月の妹の、母となり父のかわりつとめることは、ぼくにはできず、それはたしかに、蚊帳の中に蛍をはなち、他に何も心まぎらわせるもののない妹に、せめてもの思いやりだったし、泣けば、深夜におぶって表を歩き、夜風に当て、汗疹と、虱で
妹の肌はまだらに色どられ、海で水浴させたこともある。(中略)ぼくはせめて、小説『火垂るの墓』にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかった
と、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持が強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ。ぼくはあんなにやさしくはなかった。
」
たしかにそういう時代背景ではあったし、今の僕の気持ちを言ってもしょうがないんでしょうけどホントにキツイ・・・。
知らなかったんすけど火垂るの墓はドラマ化も映画かもされてるんですねぇ。
チラッと見てみましたけどやはり大まかなストーリーを知ってるだけあって凝視はできませんでした。
ただ心から思うことは
「世界から戦争、紛争、宗教間の争いなんかが全てなくなればいいのになぁ。」
来年にはイギリスにてリメイクされるらしいんだけど一体どうなることやら・・。
ハリソンフォードのハチーーみたいな感じになるのかな?
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