リクエストです〜。

このフレーズCMで流れてくるたびめっちゃいいなぁって思います。


理佐side


にわかには信じ難い暑さのせいで制服が肌に張り付いて気持ち悪い。

滴り落ちた汗がノートに円形を描いたのを見て顔を顰める。


由依「ここは…」


七月の中旬を過ぎた頃。

もう少しで夏休みに入るからか、生徒たちはいつもよりどこか浮き足立っている。

授業を真剣に聞いている人はおろか、寝ていない人の方が少ないようなこの状況下でも凛とした声で解説する先生。

教科書に目線を落としているからか先生の首筋にも汗がつたっている。

この一瞬の描写に一言だけでは表現しきれない何かがあった。


理佐「…綺麗。」


この言葉しか思い浮かばない自分の表現力の無さを悔やむ。

もっと彼女に似合う言葉があるはずなのに。


高校2年生の夏。

周りが恋だなんだと舞い上がっているけど、私には理解ができなくて。

今年もまた同じ様にただ流れるままに夏が過ぎていくのだと思っていたのに。


由依「数学の先生が産休に入ったからこれから皆さんの授業を担当することになった小林由依です。」


真っ直ぐに目が合った気がした。正確には先生がクラス全体を見渡しただけ。

刹那。心の中で何かが弾けた。

いつもと何も変わらないと思っていた私の夏は17歳にして色を持ち始めた。

自分でも何が起こったかわからなかった。

一瞬で目を奪われて周りの音が消えるように由依先生にしか意識がいかなくなってしまう。

それから私の生活は由依先生を中心にまわり始めた。

髪が長いよりは短い方が好きと噂で聞けばあんなに大事にしていた長い髪をすぐに切った。

長年かけていた丸くて縁の薄い眼鏡も少しでも可愛くなろうとコンタクトに変えた。

由依先生と会う前の私が見たら笑われていたであろうくらい必死だったと思う。

極めつけはあんなに苦手だった数学に没頭するようになったこと。

数学の順位では静かにクラス最下位を争っていたくらいなのに今では1位を取ることが当たり前になっていた。


由依「理佐ちゃんまたクラス最高点!よく頑張ってるね。」


テストが返ってくるたびに由依先生から褒めてもらえることが何よりのご褒美でモチベーションだった。

そして、もうひとつ私が数学に力を入れるようになったのは理由があって。


由依「はい。〇〇さんさようなら。」


下校する生徒に声をかけている由依先生の肩を叩く。


理佐「先生。」


由依「ん?あ、理佐ちゃん。どうしたの?」


理佐「数学でわからないところがあって。」


由依「お!なんでも聞いて〜。」


理佐「ここなんですけど…」


さっそく近くの教室に入り熱心に解説をしてくれる由依先生。

本当はこの問題がわからないわけではない。ただ由依先生と2人きりでいたいと言う私のエゴだ。

この時間を思いきり利用して由依先生のことを知る。

対面で机を2つくっつけて解説してくれる由依先生の顔を控えめに眺める。

長いまつ毛。形のいい目。元から整っていたであろう眉毛。

伏し目がちの由依先生は刺激が強くてくらくらする。

集中していないことがバレてしまわないように返事はするけれどほとんど内容が頭に入ってこない。

30分くらい説明してもらい、理解したふりをして帰る準備をする。


由依「玄関口まで送るよ。」


理佐「あ、ありがとうございます。」


由依「いえいえ。理佐ちゃんは授業ちゃんと聞いてくれるいい子だよね。ありがとう。」


理佐「そんなそんな…」


由依「クラスのみんなも理佐ちゃんくらい集中して授業受けてくれるといいんだけどなぁ。」


その言葉に心臓がはねる。

他の生徒は苗字で呼ぶのに、私だけ名前で呼んでくれるんですね。

そんなことを言ったら上手く躱されてもう2度と名前で呼んでもらえなくなりそうだ。

特別扱いされているようで嬉しいだなんて。もっと言ってはいけない気がする。

それでも。こんな小さな違いでも酷く優越感を覚えて期待せざるを得ない私はきっと由依先生の手のひらで踊らされているだけ。

こんなの間違っているはずなのに。


理佐「さよなら。」


由依「はい、さようなら。また明日ね。」


そのまま昇降口を出て歩き出す。

後ろでがらがらと音がしたから振り返ってみると丁度扉を閉めていた由依先生と目が合った。

一連の流れに初めて由依先生と会った時のことを思い出した。一生忘れないであろうあの時のことを。

目が合ったことに気がつくと柔らかく微笑むとひらひらと手を振ってくれる。

心臓がはねる。

顔が異様にあつくて絶対に赤くなっているのが自分でもわかる。

そのまま手を振りかえすでも礼をするでもなく前を向いて走り出した。

どれだけ息が切れるくらい走っても感情が昂って落ち着かない。

心が警告音を鳴らす。やめておけと止める。

でも、もう止まれない。1度気づいてしまった想いは制御なんてできない。

期待が薄くたっていい。叶わなくたっていい。

ただ私は由依先生のことが、


理佐「…すき。」


丁度踏切の前を通った電車の警告音にかき消された好きの2文字は私の想いを鮮明にしていく。

この場に由依先生はいないのになぜだか心臓の音はどんどん早くなる。

やっぱり顔が異様にあつくて戸惑いを隠しきれない。

夏が加速する。暑さはまだまだこれから。

今、好きになる。