渡邉さん、もとい理佐ちゃんが運命の人だと分かったあの日から私たちの距離は着実に近づいていっている。…と思う。

あれから何かと近くに来ては手を握ったり赤い糸を見せつけてきたり。

とにかく人との距離が近い理佐ちゃんに翻弄される日々だった。

今日の朝だって。


理佐「あっ、由依ちゃんおはよう〜。」


由依「あ、え、おはよう…」


挨拶だけでも動揺してしまう私に比べて、笑顔を見せながら先を歩いていく理佐ちゃん。

廊下を歩いていく理佐ちゃんの周りには続々と人が集まってもはや姿が見えなくなってしまった。

やっぱりすごい人だ。なんて心の中で感心していると慌てた様子のみぃちゃんが矢継ぎ早に質問してきた。


美波「えっ、由依ちゃんと理佐ちゃんて仲良かったん!?」


由依「いや、この間ちょっと喋って…」


美波「あ、課題取りに行った日!?」


由依「そう。」


美波「えー、良かったやん!仲良くなれて!」


由依「うん。」


美波「いやぁ、これで由依ちゃんの恋が叶うのに一歩近づいたなぁ…!」


由依「…んん?恋?」


美波「ん?由依ちゃんって理佐ちゃんのこと好きやろ?」


由依「…はぁっ!?ないないない…」


美波「え〜?」


にやにやと隣で茶化してくるみぃちゃんを軽く睨むと、怖い怖い〜なんて言いながら笑っていた。


由依「私がそういう恋愛ごとに興味ないの知ってるでしょ〜。」


美波「ふふふ、そやなぁ、理佐ちゃんが初恋かぁ。」


由依「もうっ!違うってば〜!」


きゃー!なんて言ってにこにこと笑いながら逃げるみぃちゃんを追いかけてクラスに入る。


美波「あれ、理佐ちゃんおらんやん。」


由依「あ、ほんとだ。」


友香「理佐なら隣のクラスの子に呼ばれてどっか行っちゃった。多分告白だと思うな〜。」


先にクラスに入って行ったはずの理佐ちゃんの姿はなかった。

美波「そうなんか〜。てかゆっかー…」


菅井さんと話し始めたみぃちゃんを置いて自分の席に座る。

眠いな…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寝ちゃおう。

しばらくうとうとしていると教室の教卓側が騒がしくなったから不思議に思って顔を上げる。

騒がしくなった輪の中心にはやっぱり理佐ちゃんがいた。


「理佐ちゃん〇〇先輩に告白されたって本当!?」


理佐「うん〜。」


「え、付き合うの!?」
「お似合いだもんね〜!」
「返事したの!?」


理佐「いや、まだ返事してないよ。」


告白、か。もし理佐ちゃんがその人の告白を受けたら私と結ばれていた運命の赤い糸はその人に移ってしまうのかな。

それはなんだか、少し嫌だ。

周りの子が口々に理佐ちゃんに話しかけるのを遠巻きに見つめていたら、理佐ちゃんとバチっと目が合った。


理佐「かみきった?」



声を出さずに口パクと身振り手振りで聞いてくる理佐ちゃんにブンブンと首を縦に振る。



理佐「やっぱり。」



小さい声でそう言うと、にこっと微笑んだ理佐ちゃん。


その笑顔に思わずやられてしまって目を逸らす。


しばらくして朝のHRが行われ、1時間目の準備をする。


ガヤガヤとうるさくなった教室から科目教室に移動しようと席を立つ。



理佐「由依ちゃん由依ちゃん。」



こっちこっち、と手招きしている理佐ちゃんに気付き、慌てて近くに寄る。



由依「どうしたの?」



理佐「髪似合ってる!どのくらい切ったの?」



由依「20センチくらいかな。」



理佐「え、意外と長い!」



由依「そうなの〜。大分バッサリ行った。」



理佐「あ、そうだ。ちょっと耳貸して。」



由依「ん?」



言われた通りに右耳を理佐ちゃんの方に向けると。



理佐「すっごく可愛いよ。」



耳打ちで聞こえたとびきりの可愛いに体の熱がブワッと上がっていく。


さっきと同じように可愛い笑顔を浮かべてばいばいと手を振りながら去っていった。


授業は1番前の席を理佐ちゃんとその友達が陣取っている事が多いから誰にもバレずに見ることができる。


ノートにペンを走らせる理佐ちゃんをばれない程度に見つめながらあんなに綺麗な子と私が赤い糸で結ばれていることに少しの優越感を覚えた。


それからの授業は思考が理佐ちゃんで埋め尽くされたせいで全く頭に入ってこなかった。



美波「由依ちゃん帰るで〜?」


由依「うん…。」


美波「今日ずっとぼけーっとしてるなぁ。なんかあったん?」


由依「何にもないよ。」


美波「そう〜?ならええけど。」


男「理佐ちゃんいる?」


教室全体に響くような声で理佐ちゃんの名前を呼んだのは朝クラスの子達が騒いでいた人気者の先輩だった。


理佐「はい。」


男「あ、よかった。ちょっと話があるんだけどいいかな?」


理佐「大丈夫です。」


先輩の後をついて理佐ちゃんが教室を出ていく。

その姿が見えなくやった途端にまた一段と騒がしくなる教室内。

「やっぱりあの2人付き合うのかな!?」

「じゃない!?だってあんなにかっこいい先輩振らないでしょ〜。」


口々にクラスメイトが発する言葉がずしりと重くのしかかってくる。

どうにかして理佐ちゃんを繋ぎ止めておきたくて自分の小指を咄嗟に見ると赤い糸が少し薄くなっていた。


美波「あっ、ちょ、由依ちゃん!?」


それからのことはあまりよく覚えていない。

いつもの冷静な自分はどこにも居なくなり、全てのことががんじがらめになって見えなくなってしまったように理佐ちゃんのことしか考えられなくなった。

ただ漠然と追いかけなければ。繋ぎ止めなければ。と言う気持ちで廊下を走る。


やっぱり私。理佐ちゃんのことが好きだ。


1度甘い餌を撒かれて仕舞えば、次を期待してしまうのはごく自然なことだった。

多分あの日のキス。あの日の手を繋いだ時。好きになってしまった場面はいっぱいあった。

消えかかった小指の赤い糸にどうか消えてしまわないで、とぎゅっと力を込める。


由依「まって…」


気が付いた時には前を行く理佐ちゃんの腕を掴んでいた。

息を整えるよりも先に自分の気持ちが溢れ出てきて。


理佐「わっ、由依ちゃん?」


由依「理佐ちゃんは私のでしょっ、?…行かないで、」


理佐「え、。」


男「…小林さん?」


恐る恐る顔を上げると理佐ちゃんが困惑と驚きを混ぜた表情を浮かべているのに気づき慌てて手を離す。

…やってしまった。


由依「あ、、何でもない…ごめんなさいっ!」


理佐「え、ちょっと、由依ちゃん!?」


男「あっ、ちょっ…!」


重たい空気感に居た堪れなくなってさっきとは反対の方向に走り出す。


由依「はぁっ、はぁ、」


…なんであんなこと言っちゃったんだろう。

理佐ちゃんが皆のものだってことくらい分かっていたはずなのに。

褒めてくれるのは可愛いと言ってくれるのは私だけじゃないこと、理解しているはずなのに。

分かってる。そう。分かっているのに。頭では分かっていたけど心が追いつかなかった。

スッと小指の赤い糸がまた薄くなっていくのがわかった。

このまま消えてなくなってしまうだろう。

じわりと滲んだ視界が私の初恋の終わりを告げようとしていた。


理佐「待って、!由依ちゃん!」


由依「わっ、」


急に後ろ側から手を引っ張られて、後ろ向きに倒れそうになる。

衝撃に備えてぎゅっと目を瞑ったけど何も来ない。

恐る恐る目を開けると後ろから支えてくれている理佐ちゃんがいた。


理佐「おわっ、ごめん!いきなり引っ張っちゃって、」


由依「…なんで、。あの人は?」


理佐「あー、置いてきちゃった。由依ちゃんにあんな可愛いこと言われちゃったら追いかけるしかないよ。」


由依「だ、だめだよっ、、あの先輩のとこ行きなよ。」


本心じゃない言葉がスラスラと出てくる自分が嫌になる。

行かないで。と言えない自分が嫌い。


理佐「…由依ちゃん。」


由依「な、なに、」


理佐「私は由依ちゃんのなんでしょ?」


由依「ちょっ、近い、!!」


理佐「ちゃんと聞いて。」


理佐「私は由依ちゃんのなんだからいっぱいわがまま言ってよ。」


由依「理佐ちゃん…」


真っ直ぐに私を捉える理佐ちゃんの瞳があまりにも綺麗で言葉に詰まる。


由依「…て、」


理佐「ん?


由依「…一緒にいて、ください…」


恐る恐る言った言葉に嬉しそうに頷く理佐ちゃん。


理佐「わかった!!ずっとそばにいるね。


由依「いや、あの、ずっとじゃなくてもいいよ…?」


理佐「私が居たいの!だめ?」


由依「駄目じゃない、けど…」


理佐「良かった〜。」



由依「ねぇ、理佐ちゃん、?」


理佐「ん?何?」


由依「どうしてそんなに私に構ってくれるの?運命の赤い糸が繋がってたから、?」


理佐「え〜、最初はそうだったけど今は由依ちゃんが本当に好きだからかな。つい一緒に居たくなっちゃう。」


嬉しそうに微笑む理佐ちゃんにどうにかして自分の気持ちが伝えたくなった。


由依「理佐ちゃん。耳貸して?」


理佐「ん?うん!」


自分よりも身長の高い理佐ちゃんに向かって少し背伸びをして愛を伝える。


由依「私もだいすき。」


理佐「〜っ、それはずるいよ、!」


由依「理佐ちゃん顔真っ赤…。」


いつもの余裕たっぷりな表情が珍しく崩れている。


理佐「私由依ちゃんが想像してるよりもっともっと由依ちゃんのこと好きだよ。」


両手を頬に当てながら真剣に想いを伝えてくれる理佐ちゃんに今度は私がドキドキする番だった。


由依「へ、」


理佐「そんなこと言われたら…ね?余裕なくなっちゃうよ。」


由依「〜っ、」


理佐「ふふ、由依ちゃんも顔真っ赤。」


由依「不意打ちはずるいよ…」


理佐「ふふふ、…ほら一緒に帰ろ?」


由依「…うん」


差し出された手に自分の手を重ねるのはなんだか恥ずかしくて、理佐ちゃんの小指をきゅっと握る。


由依「あれ、」


理佐「ん?」


由依「さっきまで赤い糸が消えかかっていたのに…」


理佐「え、消えそうになってたの!?」


由依「うん。でも今は戻ってる…」


何度目を擦って見ても、瞬きをしても糸は元通りになっていた。


由依「よかったぁ。理佐ちゃんとの繋がりが消えちゃうかと思って焦った…。」


赤い糸は前と同じように私と理佐ちゃんを結んでくれていて、ほっとため息をつく。


理佐「…かわいい。」


由依「え、今のどこに可愛い要素あったの。」


理佐「全部。由依ちゃんの全部が可愛い。」


由依「答えになってない…」


へへ、なんて笑いながら繋いでいない方の手でマフラーを鼻まで上げて寒いねと言う仕草に胸が高鳴る。

全部可愛い、の一言にまた体温が上がった気がしたけれど気づかれたくなくて慌てて話題を変える。


由依「理佐ちゃん手冷たい。」


理佐「仕方ないでしょ〜。走って追いかけて来たんだから!」


由依「追いかけてこなくてもよかったのに、」


理佐「誰だって好きな人の悲しそうな表情見たらなんとかしたいと思うでしょ。」


いつになく真剣な顔で言ってくれた理佐ちゃんにまた好きが加速していく。


理佐「ねぇ、頑張ったご褒美ちょうだい?」


由依「ご褒美!?


理佐「うんっ」


きらきらと目を輝かせている理佐ちゃんに片手で目隠しをして、すこしだけ背伸びして届いた頬に軽く口付ける。


由依「…これくらいにしてください、。」


理佐「!?、何今の!可愛い!ねぇ、なにそれ!」


私の初恋の相手は運命の赤い糸で結ばれた大好きなひと。

やっぱり小さい頃お母さんが教えてくれたことは間違っていなかったらしい。


由依「ゆいのうんめいのあかいいとはだれとつながってるの?」

母「ふふふ、誰だろうね〜。でも、きっと素敵な人よ。」


絵本の中のお姫様と王子様みたい。なんで自惚れてしまうくらいには私を見つめる理佐ちゃんの瞳はあたたかかった。