由依side

まだ物心すらついていないくらい小さかった頃。

お母さんの心地よい声で読み聞かせしてもらった絵本の中の女の子たちはみんな幸せそうだった。


由依「ゆいのうんめいのあかいいとはだれとつながってるの?」


母「ふふふ、誰だろうね〜。でも、きっと素敵な人よ。」


由依「おかあさんのうんめいのひとは?」


母「由依のパパよ〜。」


真実の愛を見つけ、大好きな人と結ばれる。

とてもキラキラしていて素敵なことだと思った。

中学生になった頃。

周りがあの子が好きだ、あの子がかっこいいなんて言っている中で、私には好きがよくわからなかった。

クラスの子が恋愛ドラマの話で盛り上がっているのも理解できなかった。


由依「はぁ…、」


美波「ん?ため息なんかついてどうしたん?」


由依「なんでもないよ〜。」


美波「…そう?それでなぁ…」


小さい時に大好きだった純愛への興味なんてこの時になると欠片も残っていなくて。

友達のみぃちゃんが話している誰がかっこよかったとか誰と付き合いたいという話も右から左に流していた。

よく会話にあがる隣のクラスの森田さんの話かな。それとも一つ歳上の田村先輩かなぁ。

…でも残念、どちらもみぃちゃんの運命の相手ではない。

みぃちゃんの運命の赤い糸は他の人と繋がっているから。


美波「もぅ、由依ちゃん聞いとる?」


由依「聞いてるよ〜。」


アニメの方が面白いのになぁ。なんてため息をつきながらも興味のない恋バナにテキトーに相槌を打つ毎日。


理佐「…それでね、」


友香「え〜?ほんとに?ふふふ」


ふと声のする方に視線を移すと渡邉さんと菅井さんが2人で談笑していた。


由依「…綺麗だなぁ、」


限りなく小さい声で言ったはずだったのに前の席のみぃちゃんには届いていたみたいだ。


美波「わかる。理佐ちゃんとゆっかーやろ?めっちゃ可愛いよな。」


由依「…え、なんで2人のことだってわかったの。」


美波「由依ちゃん2人のことガン見してたもん。どっちが好きなん?」


由依「そういうんじゃないよ。」


美波「え〜?由依ちゃんってかわええのに恋愛ごとに興味ないよなぁ。」


由依「すいませんね、興味なくて。」


美波「ゆっかーと理佐ちゃんってお互い運命の相手って感じがするよな〜。お似合いやもん。」


由依「…2人は運命の相手じゃないよ。」


さっきと同じくらいの声量で無意識に呟いていた言葉は今度は、みぃちゃんに届かなかったみたいだ。


美波「ん?なんか言うた?」


由依「んーん。なんでもないよ。ちょっと外出てくる。」


みぃちゃんからの返事を待たずに、教室の外に出る。

通り過ぎていく生徒たちの小指には赤い糸がついていて。

普通の人にはこの赤い糸が見えないことに気がつくのは結構時間がかかった。


由依「…恋なんてめんどくさいだけなのに。」


ほら今窓際で彼氏の話題で盛り上がっているあの子だって、運命の相手は他にいる。

先程、渡邉さんと2人で盛り上がっていた菅井さんだって実は保健室の守屋茜先生と繋がっている。

これから恋愛に発展するなんて夢にも思わない2人が恋に落ちることを先に知ってしまうのはちょっと抵抗感があるけど、見えてしまうから仕方ないのだ、


由依「…はぁ、」


生まれ持った自分の変な体質に頭を悩ませながら、次の授業の準備に向かった。



その日の放課後。学校の近くの公園でみぃちゃんとアイスを食べながら雑談する。


由依「ん、このアイスんま。」


美波「え、それ美味しいん?今度買ってみよっかなぁ。」


由依「めっちゃ美味しいよ。」


美波「え、一口ちょーだい。」


由依「えー、あげなーい。」


美波「けちー!」


由依「あ、」


私の視線の先にはグラウンドに繋がる道路を渡っていく渡邉さんと菅井さんの姿。


美波「ん?…あー、またゆっかーと理佐ちゃんのこと見てるん〜?」


由依「だからそんなんじゃないって〜!」


ニヤニヤとするみぃちゃんの肩を軽く叩きながら睨む。


美波「しっかし、あの2人も人気やなぁ。なのにどっちも恋人おらんって聞くし。」


そりゃあ菅井さんの相手は守屋先生だから、とは言えずテキトーに相槌を入れる。


美波「理佐ちゃんって誰と付き合うんやろなぁ。」


由依「うーん。わかんないや。」


渡邉さんは私にとっても不思議な存在だ。

自分以外で唯一赤い糸が見えない相手。


美波「ちょっと気になるよね。どっからみても完璧!って感じの理佐ちゃんの恋人って。」


由依「…うん。気になる。」


美波「え、意外。由依ちゃんがこの手の話に乗ってくるなんて珍しいなぁ。」


由依「えー、気分だよ。ほら帰ろー」


アイスを食べ終わって、ベンチに置いておいた荷物を持つと鞄の中にファイルが入っていないことに気がつく。


由依「最悪だ…。」


美波「ん?どうしたん?」


由依「学校に課題忘れてきちゃった…。」


美波「え〜!?今日の課題って確か数学やんな…」


由依「うん…。」


数学の先生である澤部は、課題をやってくるのを忘れたり持って来なかったりするとネチネチと怒ってくるから苦手だ、。


由依「取りに行ってくる〜…。先帰ってて!」


美波「わかった〜!気をつけてな〜!」


学校まで走って戻るとまだ部活動に打ち込む生徒が校舎に残っていた。

教室に入って机の中から課題を探す。


由依「あ、あった!」


見つけた数学の課題を鞄にしまい、急いで教室を後にしようとすると。


理佐「あれまだ残ってたの?」


由依「…渡邉さん、」


ちょっと、いやかなり気まずい。


理佐「ふふ、話すの初めてだよね?由依ちゃん…って呼んでいい?」


由依「…あ、はい。」


理佐「ねぇちょっとさ、お話ししない?」


由依「お話…ですか?」


理佐「うん。私由依ちゃんのこと気になってたんだ。」


由依「…は、はい、」

その気になるとはどういう気になるの類なのか聞きたかったけど敢えて口には出さなかった。


由依「あの、部活はいいんですか、?」


理佐「あー、今日もう終わったんだよね。」


由依「そうなんですね。」


理佐「由依ちゃんこそどうしたの?確か部活やってなかったよね?」


由依「あ、えっと、数学の課題学校に忘れちゃって…」


理佐「えー、そんなの明日やればいいじゃん!」


由依「でも、澤部だから…」


理佐「あー…、それは課題やらない方がめんどくさいね。」


会話する前は次元の違う人すぎて話が合うのか心配だったから、意外と話が弾んでホッとする。


理佐「…ね、由依ちゃんってさ運命信じる?」


運命、という言葉を聞いて思わず渡邉さんの手に目がいく。

やっぱり渡邉さんの運命の赤い糸は見えない。


由依「…運命ですか、?」


理佐「うん。運命の相手。本当にいると思う?」


由依「何言って、」


理佐「例えば…、友香の運命の相手は守屋先生…だったり。」


由依「っ、」


咄嗟に驚いて目を見開く。

なんで渡邉さんがそのことを知っているんだろう。


理佐「あ、なんで知ってるのって顔してる。」


由依「え、」


まずい、と本能的に思った時にはもう遅くて。


理佐「もしかしたら私が友香から聞いただけかもしれないよ?」


由依「あ、」


理佐「でも由依ちゃんはなんで知っているのかわからないっていう風に驚いてた。」


暫くの間、2人の間に沈黙が流れる。


理佐「私が由依ちゃん似運命の相手のことを聞いた理由。どうしてか、教えてあげようか?」


自分の小指にちゅっと軽く口付ける渡邉さん。

その一連の動作があまりにも綺麗で目を奪われる。


理佐「やっぱり由依ちゃんにも見えてるよね。これ。」


小指をあげて赤い糸に目を這わせる渡邉さん。


由依「え?」


つい先程まで見えなかったはずの渡邉さんの赤い糸が何故だか見える。


理佐「この赤い糸。見えてるでしょう?」


由依「え、いや、見えてな、」


理佐「嘘。由依ちゃんさっきからずっと私の小指だけ見つめてるもん。」


自分の馬鹿正直に出てしまう癖を恨んでいると、渡邉さんがにこっと微笑みながら近づいてくるから思わず後退りしてしまう。


理佐「なら話は早いね。」


由依「わっ、」


教室の窓際まで来ても、渡邉さんは止まらない。


理佐「由依ちゃんの運命の人は私。」


由依「えっ、、?」


その言葉が信じられなくて、慌てて自分の小指を見てみると確かに赤い糸が渡邉さんと繋がっている。


由依「あの、えっと、」


理佐「もしかして今まで自分の赤い糸は見えてなかった?」


由依「!…そう!」


ぶんぶんと頭を振って肯定することでどうにかこの状況から抜け出せないか考える。


理佐「ふふふ、じゃあやっと気づいてくれたんだね。」


由依「え?」


思っていた返答とは全く違うものが返ってきて思わず拍子抜けしてしまう。


理佐「私の運命の人は由依ちゃんだし、由依ちゃんの運命の人は私なんだよ。」


由依「えっ、でも、。」


理佐「これからよろしくね。由依ちゃん。」


由依「わ、渡邉さん、近い、、」


理佐「理佐。」


由依「へっ、?」


理佐「どうせ呼んでもらえるなら理佐がいいなぁ。」


由依「…り、りさちゃん、?」


ふふふと満足そうに微笑み、少しずつ近づいてきた理佐ちゃんの影と私の影がぴったり重なった。


由依「…!?!?」


理佐「顔真っ赤。もしかして初めて?」


私の顔に手を添えて笑う理佐ちゃんを見て、これからの生活が不安になった。

こんな凄い子が私の運命の相手だなんて、私の人生どうなってしまうんだ。