記事を書こうと思い立って、画面に向かってみたものの、頭の中はきれいさっぱり、すっからかんのからっぽである。こういう時に限って、引き出しの奥のネタ帳をめくっても、乾燥わかめみたいなカスしか落ちていない。
しかたがないから、「よし、気分転換に夕暮れの電車から外の景色でも眺めるか」と、あてもなくフラリと電車に乗り込んで街へ繰り出してみることにした。
日曜日の夕方。
この曜日と時間帯のコンボがまた、なんとも言えないノスタルジックな切なさを倍増させる。明日からまたあの慌ただしい日常が始まるのかと思うと、車内に漂う空気にも、どこか一抹の哀愁が混じっているような気がしてくるから不思議だ。乗客もまばらで、この少し寂れたような、静まり返った雰囲気がむしろ心地よくて、私はひとりで黄昏時をしみじみと満喫していた。
……と、いい調子で浸っていたのも束の間。
電車が何個か駅を過ぎたころ、私の隣の席に若い男女のカップルがドカッと乗り込んできた。女がシートに腰掛け、男はその目の前にピタッと立つ。
あいにく私はノスタルジーに浸ろうと耳にノイズキャンセリングのイヤホンを突っ込んでいたものだから、会話の内容は一切聞こえない。聞こえない代わりに、目の前で繰り広げられる世界が、やけに鮮烈に目に飛び込んでくる。
このカップル、今にも周囲の目などお構いなしにキスでもしだすんじゃないかという勢いで、まぁとにかくイチャつき始めたのだ。
「おいおい、頼むから公共の場でそういうのは勘弁してくれよ……」
私は心の中で冷や汗をかきながら、そっと目をそらした。
そう言えば、私は人生のあちこちで、やたらとこういう場面に遭遇する星の元に生まれているらしい。
以前なんて、電車のボックス席にぽつんと座っていたら、後から乗ってきた中国人カップルが、なぜか私の目の前に陣取った。私の存在が完全に空気だと思われているのか、それはもう見事なイチャつきっぷりを発揮し始めたのである。
しかもたちが悪いことに、このイチャイチャ、最初からそのテンションだったわけじゃない。私の隣に座っていた別の乗客がふと降りて、席が空いた「その瞬間」を狙ったかのように始まったのだ。
「なぜだ……?」
私の透明人間スキルが発動していたのか、それとも彼らの視界には私は映らない仕様なのか。すごまじい疑問と気まずさを抱えたまま、電車を降りたこともある。
映画館に行ったときだってそうだ。
館内には私と、そのカップルしか観客がいないという貸切状態だったというのに、あんなに選び放題の席が空いていたというのに、なぜか彼らはわざわざ私の「真後ろ」の席を選んで座ったのだ。
なんなんだ一体。私の背中から、何かフェロモンでも出ているのだろうか。
私はべつに、他人のラブラブなところを生で見たいわけじゃない。むしろ全人生において、そんなものは一切見なくていい部類のものである。それなのに、なぜか「見せられっぱなし」の人生なのだ。
……まあ、そんな他愛のないイライラや疑問はさておき。
ノスタルジーを求めてフラフラと降り立った知らない街で、偶然にも、ものすごく素敵な雑貨屋さんを見つけた。






古びた階段に、温かみのあるランプの光がこぼれていて、思わず引き寄せられるように足を踏み入れてしまったのだ。あぁいうお店の匂い、なんだかすごく好きだな。
今日のところは何も買わずに帰ってきたけれど、今度のお休みには、のんびりとお財布を持ってまたあの街を訪れようと思う。