2021年の記事

 

昨今では、海外ブランド品の値上げのニュースをよく聞きます。 もちろん原材料費の上昇もあるでしょうが、円安の効果も大きいと言われます。最近は「安いニッポン」がたびたび話題とされ、円の価値が下落し、日本の購買力がかなり低下していると言われます。 一国の購買力を測る代表的な指標として「実質実効為替レート」がありますが、最近の状況はどうなっているのでしょうか?

日本円の購買力は1970年代前半とほぼ同じ

【図1】は日銀が算出する「円の実質実効為替レート※」の推移です。 これを見ると最近の円の購買力は1970年代前半とほぼ同レベルで推移しており、変動相場制移行後の最安値である2015年6月とさほど変わらない水準にまで低下しています。

※実質実効為替レートとは?

■貿易量や物価水準を基に算出された通貨の購買力を測る総合的な指標。ある通貨の実質実効為替レートの下落(上昇)は、その通貨の価値が減価(増価)することを意味する。
■円安・米ドル高になれば米国の商品を購入するのにそれだけ多くの円が必要になり、円の購買力は低下する。この場合、円の実質実効為替レートは下落する。
■米国の物価が上昇すれば米国の商品を購入するのにそれだけ多くの円が必要になり、円の購買力は低下する。この場合、円の実質実効為替レートは下落する。
■実質実効為替レートは基準年次を100とした指数として表される。



円の割安修正が起こりにくいのはなぜ?

このような円の購買力低下の背景には、海外との物価格差や賃金格差があります。日本の物価や労働者賃金は米国やドイツと比較してこの約30年間ほとんど上昇していません。【図2】
米国の物価は約2倍(日本はほぼ横ばい)になっているため、本来、円の価値が2倍に上昇(円高)して初めて購買力が維持されます。しかしこうした通貨価値の調整が近年では起こりにくい状況です。
昔は円安で輸出企業の売上が増えていましたが、今は企業の海外移転が進み(=現地生産、現地販売)、必ずしも円安になっても輸出量は伸びません。 また日本が海外に保有する資産から生み出される収益も海外で内部留保されますし、海外企業の買収など直接投資が増えているため昔と比べれば円転(外貨を円に交換すること)需要はあまり生じません。



企業にとっても円安がじわじわ効いてきた状況?

2015年当時を思い起こすと、日銀黒田総裁の「実質実効為替レートはこれ以上安くなりそうにない」という発言が円安転換の契機となりました。 当時は低インフレ・原油安のなか、前年秋の日銀のサプライズ緩和の影響など日本側の要因で円安が大きく進んだ面がありました。 しかしながら、今回の局面は海外のファンダメンタルズ要因が大きいと言えます。 世界的なインフレ上昇と金融政策正常化への期待が高まる中、日本のインフレの低さや金融緩和の長期化観測などが特に目立っています。
一般的には円安は日本経済にとってトータルではプラスであると考えられてきました。 しかし最近のロイター企業調査によると、為替市場でドルが現状水準で推移した場合、業績にどのような影響を与えるか聞いたところ、「減益要因」と回答した企業が「増益要因」と回答した企業を上回りました。 企業にとっても原材料高など円安が必ずしもプラスであるとは言い切れない状況のようです。 やはり欧米とのインフレ格差などの構造的な要因がもたらす「円の購買力」の低下の流れは、そう簡単には変わらないのかもしれません。