先日、小泉進次郎議員と管首相の国会でのやり取り中継を見た。

耳を傾け話しを聞いていたが、管首相の発言は頭に入ってこないのに対し、小泉議員の発言は自然と耳に入ってきた。

攻める側と攻めらる側の違いはあるかもしれないが、それにしても話し方、態度、振る舞いに大きな差があった。


ヒトラーは決して天才ではないが、聴衆を魅了する能力に長けていたと聞いたことがある。


今回の国会の中継を見たときから、政治家のあるべき姿を考えてしまう。

政治に限らないが、結局大事な事は話す内容ではなく、その人の人となり、容姿、雰囲気、話し方がものをいう。

その点から見れば、小泉進次郎という人間は素晴らしいと感じざるを得ない。二世とはいえ政治家になるべくしてなったとも言える。

ただ、ここに危険がはらんでいるとも考えてしまう。

彼がトップに立った時、聴衆は彼に酔いしれ、彼の発言について自分なりに深く考えることをせず、彼の言うことなら絶対だと信じ込み、国全体が間違った方向にいく可能性がないとも考えてしまう。そう、ヒトラーのように。


彼が、ただの役者ではなく、真の政治家であることを望みたい。


しかし、つくづく、コミュニケーションの難しさを考えてしまう。



自分はもういい年のおっさんです。

今、日曜の夜(もう月曜?)ですが、若かりし頃日曜の23:00といえば「ダウンタウンのガキの使い」を欠かさず見ていました。ですが、数年前から見る番組はいつのまにか「情熱大陸」になっています。

大学のころ、ダウンタウンがとっても好きでした。当時の自分は、目の前の勉強はしていましたが、いろいろなことを多面的に物事を深く考えることをしていませんでした。ただ、友達とバカな話しをしてお酒を飲んで、それが楽しくて過ごしていました。そんな頃、ダウンタウンが世の中で脚光を浴びだしており、テレビでよく見かけるようになりました。

当時、彼らがとてもおもしろく、世の中を斜めな目でみていたり、他人の悪口をおもしろおかしく言っているのが見ていてとても楽しかったのを覚えています。この人たちは天才だなぁ、すげぇなと思っていました。社会人になってもしばらくの間は彼らの番組を好き好んでみていました。

その後、仕事やプライベートでいろいろ経験した後、ダウンタウンが好きでなくなっている自分に気付きました。

その時に感じたのは自分が少し大人になったかなということです。いろいろ人生を経験して物事を深く考えるようになったとき、ふとダウンタウンの番組がつまらないと感じるようになった自分がいました。

正直、ダウンタウンはお笑いに関しては天才だと思います。でもそれ以上のものがないと思います。たとえばビートたけしは、お笑いだけでなく、政治経済いろいろな知識を吸収して文化人として素晴らしさを感じますが、ダウンタウンはずっと昔から変わらないスタンスです。ガキの使いは昔からやっていることが変わっていません。

ダウンタウンを否定するつもりはありません。ですが、天才ゆえずっと安住しているように見え、大人になった目線で見ると、くだらなく写るようになってるのは否めません。冷静に見て情熱大陸を見て学ぶものがあっても、ガキ使を見て学ぶものがありません。

最近、政治をみて、この国の将来がとても不安です。そんな事を考えていると、ダウンタウンで笑っている場合ではないと考えてしまう今日この頃です。